少しずつ心境に変化が
断酒20年のヨウスケです。
二度目のアルコール専門病棟の入院。病棟には去年も居た人も多く、(またみんな飲んで戻って来ていました。)
「お~、お前もやっぱり帰って来たんか」
みたいな雰囲気で、ある意味での安心感がありました。
前回の入院は初めての精神病院で緊張もあり、少しは本気で断酒しなくてはと思うこともありましたが、結局、すぐに飲んでしまったこともあり、今回は半ばあきらめモードの中での入院になりました。
勝手も分かってきたので退院の許可が出るまでダラダラと過ごしていたように覚えてます。
入院前にてんかん発作を起こしたことを話していたので、脳波の検査もされました。
スパイク波とかが出ているということで、脳波にも多少異常が出ているようでした。
前回の入院は一ヶ月で釈放されましたが、二回目は一ヶ月半くらい出してもらえませんでした。
去年隣のベッドだった同い年の彼も年明けになってまた舞い戻って来ました。
彼は子供っぽいところがあり、公務員なのでクビにはならないので、また安心して入院できるみたいなことを平気で言うところがあって、(そんなに嫌味っぽく言うのではありませんが…)たまたま私も虫の居所が悪く
「こっちは退院後どうしようかと真剣に悩んでいるのに、お前みたいな奴の話を聞いていたら頭にくるわ!!」
と、彼にきつく言ってしまったことがありました。
ところが、彼は私が断酒してから2年くらいして
大量飲酒の末に血を吐いて死んでしまいました。
37歳でした。
あまりにも早い死でした。
最後に彼に会ったのは県外での大きな断酒会の会場でした。退院して無事に職場にも復帰できたようで、こざっぱりした新しい服を着て嬉しそうにしていました。
元気そうでした。
亡くなったのはそれからたった2年ほど後の話です。
私も同じように死んでいた可能性は十分にあったと思います。あんなにきつい言い方しなくても良かったと後悔しています。
彼のことはまた別の機会にお話できればと思います。
退院から約1年半後に断酒に至る訳ですが、それまでの間、どんな生活を送っていたかほとんど思い出すことができません。
一度飲んで連続飲酒状態になるとひっくり返るまで飲んで、肉体的にも金銭的にも飲めなくなると、1週間くらいアルコールの離脱症状と戦い、ゾンビの如く蘇っては、また、日雇い派遣の現場に出て、いくらか稼いでは同じパターンを繰り返す。そんな生活だったと思います。
以前の工場で知り合い飲み仲間達とはまだつながりがあったので、特に大学の先輩であった人とはドロドロになるまで良く飲んでいました。
この頃になると飲みだすと全くといっていいほど食事を受け付けなくなり 、つまみくらいしか食べられなくなっていました。
栄養失調気味でいつもフラフラしていて、そのくせ酒を買いに行く時だけはシャキッとしているという不思議な状態でした。
また、時を同じくして、この頃から知人がとあるところに時々ボランティアで芝生の草抜きに連れて行ってくれるようになりました。
特に強制される訳でもなく広い芝生の上でのんびりと草を抜いていると、少し心が落ち着いてくるようになってきます。
それでも帰宅すると相変わらず飲んでいましたが、少しずつ心境に変化が出てくるようになってきました。
お金はもらえませんが、自分を受け入れてもらえて感謝される。
このことが孤独であった私に人間らしい心を取り戻していくきっかけになってきたように思います。
もちろん断酒会も行き場の無い私にとっての居場所ではあったのですが、それとはまた違い、人生をやり直したいと思えるきっかけになった場所だったと思います。
「酒を止めてまともな人生を送りたい…」
飲みながらもそう思うことが多くなってきました。