茶色い街、京都へ。 Part.3(10月エッセイ③)
こんばんは、土曜日の夜ダノです。今週のダノの表裏noteを公開します。タイトルは、『茶色い街、京都へ。 Part.3』です。今回で完結版です。京都2日目、3日目について書いてます。
1.龍安寺
教科書に掲載されている枯山水の石庭を見に行った。ここにくるのも建仁寺同様、2回目である。中学校時代のER京都で来た以来だ。懐かしい。まあまあ高い大人料金の拝観料を払って中に入る。趣きのある石庭とコンクリートもどきの石で作った道を通る。昔の人は、コンクリートに憧れたのだろうか。今は全然憧れないけどね。
この後行った二条城は拝観料が1,000円近い額だったので流石に辞めた。タダで入れてくれんもんかねえ。学生なんだし。
2.嵐山と渡月橋
嵐山も良かった。渡月橋が京都にあると初めて知った。てっきり、奈良県とかにあるもんだと思っていた。教養の無さを恥じたい。嵐山といえばの写真も撮った。浴衣の生地が筒状になって飾ってるので、それを使っての1枚。元ラガーマンなので、こういう棒状のものと写真を撮ると猿と、「タックルしてよ」の一言が飛んでくる。ラグビー=タックルなのだろう。だから、俗に言うタックル問題で日大アメフト部がやらかした際も、対岸の火事ではなかった。小火で済むところが、かなり燃えたと思う。ちょうど新歓時期と被ったため、”消化活動”に追われたのを覚えている。
食べるのが好きなので、抹茶ソフトクリームを買った。ミルク味と抹茶味と両方味があって、何を買うかでその人の性格が出る。私は両方味を買った。レシートに「両方味を選んだあなたは決断力がなく、浮気性でしょう」とか即興恋愛みくじ的なのがないか不安だったが、何も書かれていなかった。良かった良かった。ここでは映え写真を撮ることができた。許可を得て掲載したい。大学生らしい写真を撮ることができたと思う。インスタ行きだ。
また、わらび餅も食べた。その場で作ってくれるらしい。つきたてを食べることができるとのこと。もちろんいただく。出来立てが運ばれてくる。一口目の感想は「ぬるい」。中途半端に冷やした感じの味。回転寿司で微妙に解凍した刺身がシャリに載って出てくることがあるが、あの逆のことが起きた。まあ、ふんわりしていてかなり切りにくかったが美味しかった。切りやすい冷たいわらび餅しか食べたことがなかったので、新鮮な味。餡蜜を付けて食べるのもすごい美味しかった。さらに残った餡蜜を残さず食べようとスプーンで皿をかき回すのは岡山県時代と変わっていない。
3.餃子の王将1号店
嵐山でたらふく食べた後は、四条大宮にある餃子の王将の1号店に向かった。王将は私の大好きな店。私の好きな中華料理店ランキングでも堂々たる第1位を獲得している。夕方ではあったが、並ばずに入ることができた。泊まらせてくれたお礼にと、好きなものを頼んでもらう。今の王将はジャストサイズというものがあるらしい。ちょこちょこ食べたい人向けに作られたものなのだろう。ジャストサイズで頼んで、もっと食べたかったら大きいサイズを頼めば良いし、飲食店にとっては画期的なアイデアだろうが、大きいサイズを追加注文した際に、最初からそうすれば良かったってなってしまうのを恐れて普通のサイズを注文してしまう。これが太る所以だろう。東京と同じ味ではあったが、美味しかった。チェーン店最高。
4.船岡温泉
その後は温泉に行った。おじいちゃんとおばあちゃんしかいないような温泉だったが、居心地が良い。なんでも、重要文化財に指定されているそうだ。番頭さんに入浴料を支払い、貴重品を預けて暖簾をくぐる。田舎の家によくある、何かわからない置物に眺められながら服を脱ぎ、体を洗って湯に浸かる。パーマをかけている都合上、それ専用のシャンプーとトリートメントを使わないといけない。面倒臭いがそれを使う。髪とモテ期のためだ。普通の風呂や露天風呂、サウナを体験し、電気風呂たるものも体験した。手を入れてみるとバチバチ来ている。古い温泉で、大丈夫なのか?「心臓の悪い方は気をつけてください」の注意書きを見て心臓が悪くなる。この手の広告はいつも後出しジャンケンを仕掛けてくる。鷲羽山ハイランドのギシギシ鳴るジェットコースターに乗るときと同じくらい怖くなる。そのジェットコースターには結局乗らなかったが、この風呂は無事に浸かることができた。感電したら大ごとになるので、そんなに長くも浸かっていられない。早々に退散した。
風呂から出た後は、お気に入りの3BクラスTシャツを着て、温泉でよくある牛乳を飲む。なんで温泉で牛乳を飲む文化があるかというと、日本の一般家庭に三種の神器である「テレビ・洗濯機・冷蔵庫」があまり普及していなかった頃、大繁盛していた銭湯では冷蔵庫があり、そこに目をつけた牛乳業者がビン牛乳を売り込んだためにこの文化が誕生したのだそうだ。なるほどお。そんなに歴史が長いわけでもないんだ。北海道以来のビン牛乳飲み干す。友達2人は小学校時代はビン牛乳だったそうだが、私は紙パック一筋の義務教育期間を過ごしたため、新鮮。
東京は再開発が進んでいて、需要のない古い街は淘汰され、新しい綺麗な需要あるものになっていく。1年前と大きく変化する街。東京だけ他の地域と違う時間軸で過ごしているのかもしれない。東京の人たちが生き急いでいるように見えるのは生活している時間軸が違うから?資本主義と新自由主義が複雑に絡み合って浸透している、浸透しすぎているから?そんなことを思いながら靴箱に木札を差し込みカチッと言わせる。NIKEの靴が狭そうに佇んでいる。綺麗になった足と臭わない靴下を差し込み、銭湯を後にする。バス停で片方の友達とはお別れ。また会いたい。
5.錦市場
最終日は錦市場へ。こちらも2回目。やっぱり京都と言ったら抹茶でしょ!ということで、抹茶のパフェを食べに行った。上にホイップクリームが載っているパフェ。抹茶クリームフラペチーノ®︎の上位互換だと思う。抹茶アイスも、スーパーのアイスのように舌にどっしりこない、柔らかい感じでめちゃくちゃ美味しかった。抹茶味のコーヒーゼリーもしつこくない甘さがちょうど良い。
他にも色々食べたかったが、2日目に食べすぎて胃がもたなかった。時間軸が違って早めに年を取っているのか?
6.帰りの飛行機
京都駅で友達と別れた後に高速バスで伊丹空港へ。2回目の伊丹空港。出発ゲートは初めて通ったが、規模感で言うと、岡山桃太郎空港と大差ない気がする。手荷物を預け、保安検査場を通る。軽食を買い、飛行機に乗り込む。ボーディングブリッジが大阪とどこでもない日本をつなぐ架け橋とするならば、飛行機はどこでもない日本と東京をつなぐ架け橋だろう。私が頑なに新幹線を使いたがらない理由はこれかもしれない。新幹線を使ってしまうと、駅の看板が見えたり、今〇〇県にいるなとか思ったりしてしまうが、飛行機は時速1,000kmで進むので、今どこにいるかがいまいち把握しにくい。そんな非日常、日本にいないかのように味わえる環境を求めているのかもしれない。だって今は雲の上だ。東京からメールやラインはこないし、ヘルプ出勤要請もこないし、時間軸は早くない。スタバもないし、マクドもない。
2回目の旅でようやく分かった。本当の意味で東京から自由になれるのは飛行機の中なんだ。京都も東京もつながっている。北海道もつながっている。でも、文化帝国主義、新自由主義、資本主義、格差社会ーあらゆる東京から、このたった1時間だけ、"どこでもない日本"に滞在できる。飛行機のチケットは、東京・大阪間の通行券であり、どこでもない日本の滞在券なのだろう。これからも飛行機に乗りたい。雲の上にいたいし、高度15000フィートから東京を見下ろしたい。
これからも、どこでもない日本に行きたい。