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白頭山(はくとうさん)の死#4(危機)

その時
山の下から慌てて私の名前を呼ぶママの声が微風に乗って耳元に聞こえました。
あ!
はっと我に返りました。
ママとパパが私を探して登っている様子が見えました。
私が置いて来たかごを見つけて心配したようです。
“ママ!パパ!”と大きく返事しながら下に降りました。
そんな私をやっと見つけたママとパパは怒りながらもホッとした顔でしたが
次の瞬間…
ママが急に高い悲鳴をあげました。
更に隣のパパは持っていた私のかごを落としてそのまま固まりました。
恐怖感…
“え?どうしたの?”
あ!こいつのせいか!ところが一体何がそんなに怖いのか?
と思った途端、パパはあっという間に光のスピードで私のところまで疾走して
私の体をまるでタカの爪ですばやく引っ張り、ママと山の下に転がる様に逃げました。
“パパ、大丈夫。危なくないの!”
私の話も聞こえないか!
私は怒りました。
そしてやつにすまない気分になりました。
やつの瞳はうちが飼っているワンちゃんポポちゃんと変わらないほど優しかったのに…
やつはこんな騒ぎにも関わらず、その様子をそのままでぽかんと見ていました。
そして、静かに別の道でゆっくりと姿を消えました。
ごめんね!挨拶もちゃんと出来なくて…今度またね!
心で言いながらママとパパと山を下りました。


一瞬の事で僕はボーっとしてしまいました。
綺麗な龍王潭(りゅうおうたん)の秘境を少女は見せただけなのに…
いきなり大きい人間二人が現れて、興奮して光の様な信じられないスピードで
少女を連れて逃げるなんて。
うん?僕が何か悪かったのか?
僕はただ、少女と楽しく遊びたかったのに…
仕方ないなあ…
追いかけたらもっとパニックになるかと思って別の道で山を下りました。
あ母さんが待っている「ママの懐」池に戻りながら
少女はこんなに僕の事に平気だったのに何で大きい大人がそんなに怖がったのか…
僕はどう考えても納得できませんでした。
少女をちゃんとした挨拶も出来なかったですが…今度またね!
少女の可愛くて大きい目つきを思い出しました。
しかし、この出来事が悲劇の顛末になるとは想像もできませんでした。

太陽はもう山の背にかけていつもの綺麗な赤い色で染めて沈んでいました。
帰りが遅かった僕の事を心配したお母さんが途中までお迎えに来てくれました。
僕の目つきを見るだけママは何となく分かる様でした。
僕の成長と共に以前より少し体力が落ちたかとも見えますが、
さすが、ママです。
その後、お母さんによりしばらくの間は山頂の龍王潭(りゅうおうたん)に登るのが禁じられました。
偶然の一致か、
不思議なことにその後から山頂、龍王潭(りゅうおうたん)の方から
トン!トン!
という雷みたいな怖い音が頻繁に聞こえました。
共に遠くから現れる人間の足跡や姿もしょっちゅう目撃されました。
雷の正体は人間の手に持たれていた細長い道具でした。
「鉄砲」という武器です。
僕は不安になりました。
僕を出会って逃げたあの人間たちが僕の存在を知らせたかもしれません。
悪い予感は当たりました。
人間たちは結局、僕らが過ごしている秘密の領域であるこの冠母峰(かんぼぼう)の「ママの懐」池付近まで出没してしまいました。
もう安全の保障が出来ず、つい僕らはやむを得ず故郷である「ママの懐」池を離れることになりました。
ママにすまない気持ちいっぱいでしたが、
ママは静かに僕を連れて進みました。

僕らは人間が長白(ちょうはく)滝と呼ぶ大きい滝を過ぎて大きく曲がった深い渓谷も過ぎて上流へ向かいました。
そして、やっと人間の足が届かない深い森に居場所を決めました。
生まれた「ママの懐」池が懐かしかったですが、人間の言葉を借りると「住めば都」ですね。
そして、一か月が経ちました。
ママが一人で狩りに出る間、僕はこっそりと「ママの懐」池に一度だけ行ってみたい気分になりました。
ただ、一度だけです。

いよいよD-day!
大きく曲がった深い渓谷を過ぎて長白滝を過ぎて下に下りる山道はワイルドでしたが、
僕は故郷が見たくて見たくて必死に頑張って走りました。
それで、真昼頃に夢でも見たかった「ママの懐」池が見えました。
「ママの懐」池は文字通りママの懐の様に、相変わらず穏やかな雰囲気で僕を迎えてくれました。
お帰りなさい!
嬉しくて池に飛び込もうとする瞬間!

うん?
青空から何かが僕を押さえつけました。
一瞬の事だから早い僕も控えられませんでした。
それは大きくて丈夫なわなでした。
逃げろうとするほどむしろ僕の体に食い入りました。
わあ!取れたぞ!という喊声と共に岩に身を隠していた数人の人間が殺到してきました。
僕らを捕まるためわざとここで潜伏したようです。
必死で咆哮しながら対抗したが、
殺気溢れるやつらの気勢は止まらなかったです。
ああ、もう終わりなのか。
目をつぶってしましました。
その時!

「ガオー」
馴染みある凄く大きい咆哮の鳴き声が聞こえました。
同時に「トン!」という雷と共に一人の人間の「鉄砲」から火と煙の匂い。
そして、物凄い戦いが始まりました。
人間群れの凄絶な悲鳴、
鉄砲からの爆音、
あちこち散らかしている人間の肉と熱い鮮血
僕はとても怖くなって目を開ける勇気も出なかったですが…
ところが、不思議な事に…

僕を拘束したわなの間で優しく舐めてくれる舌の触感が感じられました。
え?
僕ってもう死んだ?
それとも、夢の中?
間違えなくママの触感でした。
目を開けたら、
やはりママでした。
狩りから戻って異変を感じたママが僕の痕跡や匂いで追いかけて来たわけです。
やっと周りを振り向いてみたら先まで強い気勢だった人間群れは全てもう血だらけになってあちこちぐったりと倒れていました。
最後に動いた人間も大けがで苦しんで間もなく息が絶えました。
ママは口と前足で僕の体を拘束したわなを切ったり退かしてくれました。
あ!
ママもケガをしていました。
右胸から血が出ているママは呼吸を苦しんでいました。
なのにママは大したものではないという風に平気な表情で再び僕を顔を優しく舐めてくれました。
落ち着いた僕らは居場所に帰ろうと踵を変えました。
その時
「トン!」
<続く>

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