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3. 逃亡者

「ダニエル、起きて...」
母さん?
もう朝なのか?まさか、

「早く!」
無理して目を開けた。

ええ?まだ夜中2時じゃ!
「母さん、どうしたの?」

「クララお姉ちゃんを連れて早く逃げなさい!」

母さんの声は頑固だった。
「え?今?どこに?」

「ゼンマおばさんに連絡しておいたから
とりあえずあそこへ」

ゼンマおばさんは母さんの友人であり、お隣の村に住んでいた。

「分かった、ちなみに...何で僕とクララお姉ちゃんが逃げるの?」
逃げるのはいいけど、理由ぐらいは知っておかないと...

「先、クララお姉ちゃんのお父さんが激怒してお姉ちゃんを捕まえる為、出発したって...早く!」

「…...」
クララお姉ちゃんはいつの間にか、
もうカバンを揃って逃げる準備(?)を完了した状態であった。
お姉ちゃんの顔には「恐怖」という文字が読められた。
「ご迷惑かけてごめんなさい...ダニエル...本当に悪いけどお願い...お父さん、私をきっと殺すよ。」

「ああ...は、はい、行きましょう...」
やっと空気を読んだ僕は急いで着替えて
「ベティー」(90cc排気量のマイバイクの愛称)のエンジンをかけた。

「ベティー、こんな時間にごめんね...緊急事態だからさあ...」

当時、高校2年生だったけどバイク免許は取っていた。(「原動機付自転車」免許は18歳から可能だった)
とにかく逃げろ...

「2人とも気をつけて!後、ゼンマおばあさんの家で寝てまた連絡しよう。
クララ、何も心配しないで、あなたはきっと良い「シスター」になるわよ...」
母さんは心配しながらも優しく勇気をかけてくれた。

「シルビアおばさん、本当にありがとうございました。」
「ベティー」の後ろ席に座ったクララお姉ちゃんは
涙まで流しながら母さんに挨拶した。
感動の涙か恐怖の涙か
当時の僕はよく分からなかったけど、
今はそんな事を考える場合じゃない。

「ベティー」の黄色ライトをつけてお姉ちゃんを乗せて闇の道を走った。
5月といっても夜中はまだ寒かった。

当時、
一日中路線バスが7回しか入って来ない田舎であったうちの村。
僕が父さんに進められてバイク免許を取った理由だった。
道は暗かったけど、ちょうど咲いていた
真っ白の梨の木の花がとても美しかった。
しかも、美しいお姉ちゃんを「ベティー」の後ろに乗せて...😂
夢みたい。
お姉ちゃんは僕の腰を両手でしっかりと捕まっていた。
思春期が終わったばかりの「青春」だったから
こんな状況なのに
僕は少しロマンチックな気分でもあった。

ゼンマおばさんの村はバイクで約15分距離だが、
田舎であるうちの村よりさらに田舎であった。
梨の木畑を通って、釣り場を通って、低い山の道も通る。
もし一人で歩いたら、途中幽霊に出会っても
おかしくないコースで男でもかなりの勇気が
必要。

という瞬間、
向こうから一台の乗用車とすれ違った。
「ああ!!父さんだ!!!」
クララお姉ちゃんがすれ違った車を見て悲鳴を...
「ええ?もう?」
すれ違った車も娘を気づいたか後方約200メートル進んで急停車した。
「逃げろ!!!」
お姉ちゃんは泣きながら叫んだ。

僕は本能的に右手で「ベティー」のアクセルを
最大に回した。
ブルルルン!!!
車が僕らの方に回そうとしていた。
ホンマに怖かった。

それで夜中、90ccバイクと車の「逃亡戦」と「追跡戦」が始まった。

これは...
映画のシーン?
いや現実であった。
後ろから車で追いかけられる
プレッシャーは想像をはるかに超えて
恐怖そのものであった。
しかも、当時の僕はまだ高校生。
視野は狭くなって
夜の風と共に逃げようとした理性を
逃さない様に気使いも必要であった。

しかし、
この大騒ぎは
僕らに決定的に有利であった。

勝つしかない理由①
道に詳しい!

小学校5年生に引っ越しして住んだこの周辺は
もう小さな道まで知っている
現地の人ではないクララお姉ちゃんのお父さんは
僕と比べて当然不利

勝つしかない理由②
「ベティー」は50ccバイクだから車が通れない山道や狭い道も行ける!

これは決定的かなあ...

スマホはもちろん、携帯電話すら存在しなかった
当時の時代もこの場面では良かったかも...

それで、お姉ちゃんのお父さんから逃げて
無事にゼンマおばさんの家で身を隠す作戦に成功!

そんな状況でもクララお姉ちゃんは神様へ感謝のお祈りするのを忘れなかった。

さすが、修道女に向いているかなあ。

...

そう、クララお姉ちゃんはカトリック修道女(シスター)になりたいという夢をもって
数年前から予備修道者として聖堂へ通いながら
いろいろ準備をしていた。
クララお姉ちゃんを出会ったきっかけは
いとこである、
僕より10歳年上テレサお姉ちゃん、
いや、テレサシスターの紹介だった。

ところが、クララお姉ちゃんのお父さんは
娘の夢に大反対したみたい。
彼女の意思と関係なく、
結婚をさせようと思って
もう相手(新郎)まで見つけたみたい。
今はあり得ない事だが、
当時はそういう事もあった。

人生をかけた父女の意見追突は結局、
娘が家出する事態に発展、
うちの家まで避難(?)してきたわけだ。

日頃多血質だったお父さんという火山はまさかの大噴火!
調べた末、娘がうちの家に逃げたという情報を入手、早速追いかけ。

逆に、当時カトリック「神父」にさせようとした
両親に反発し、成績も落ちていた僕とは
正反対だった。
ご縁かな?

カトリックでは
神父もシスターも、
修道者になるまでは
いくつかの条件があるといわれる。

修道者の条件①
神様からのお呼び!

理論では説明不可。
これは特別な体験というか
なる者には神様からのお呼びを
自ら感じるって。

修道者の条件②
自分からの志!

条件①神様のそのお呼びに従って
応じる心が必要という。

修道者の条件③
苦労を乗り越える!

神様は修道者になる人を試すため、
絹道、花道を剥がして
わざとトゲだらけ道を与える。
それを乗り越える

クララお姉ちゃんは今この条件③にあっているかな
と僕は思った。
きっと良いシスターになるぞ...

その事件以来、
クララお姉ちゃんとのご縁はここまでだったのか
一度も会えなかった。

数年後、
クララお姉ちゃんを紹介してぐれた
いとこのテレサお姉ちゃんと会った時、
(健康の問題でシスターから辞職後、一般人に復帰)
偶然にクララお姉ちゃんの話が出た。

「もう立派なシスターになったと?」
梨を食べながら僕は聞いた。

「ダニエル!」
「うん?」

「この世界で一番変わりやすいものは何だと思う?」
「うん...何で?」
「人の心よ。」
「?」

「クララ氏はそんな騒ぎがあったのに、数カ月後他の男の人と恋に落ちてさあ...」

「へええ?」
僕は食べる途中の梨を落とした。

「やばいほどラブラブモードでさあ、逆にお父さんが困っているらしいよ。
まあ、選択は自由だからさあ...
それこそ神様が彼女に与えた道じゃない?」

…...

一瞬、気が抜けた気分になった。

どんな道でも自分が選ぶ権利があるし、
クララお姉ちゃんは何も悪くない。
だけど、あの頃あんな切ない(?)騒ぎもしたのに、
その騒ぎに直接巻き込まれた僕としては
何となく寂しい気分だった。

人生は分からない。
「青春」であったあの頃、
お姉ちゃんを「ベティー」に乗せて
走った夜の田舎道

桜にも負けないほど、
真っ白の梨の花と香りが
美しかった

1993年春を思い出す。

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