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辞職旅#1.どん底からの光

ローカル列車で乗り換え10回以上。時間の感覚が薄くなる。
列車の旅は永遠に続けそう。
東京を離れてから2日目。

車窓外で広がる風景は全然別の世界だった。
2012年1月、北海道へ渡る一番格安切符を手に入れた。
来日6年の間、どん低まで落ちた気分でふらっと出た一人旅。
「旅に出よう。自分を見直し、癒す旅」
地味な旅はそうして始まった。
列車は福島、盛岡、青森、そして青函トンネルを渡り北海道へ向かった。
数多くの小さな町、雪が降る海…自然と人間が作った日本の絶景をみるうちに
心の闇は笑顔と共に徐々に開けた。

日が沈んで洞爺へ。
人足が絶えた洞爺駅の夜は寒かった。
今日はここまでしか行けないようだ。
ひっそりとした町の真っ黒な空から真っ白の雪が…
寂しそうな街灯だけ自分を迎えてくれた。
体を通って心にも当たる厳しい寒さは、時間まで凍らせ止める勢いだ。
さすが北海道。

洞爺湖サミットの素敵なイメージは駅構内に張ってある色褪せた写真と共に
消してなくなった。
真っ黒の町に雪は降り積もる。宿はおろか、コンビニすら見当たらない。
町はもうぐっすりと眠っていた。

予想外の深刻な事態だった。

この寒さでは間違いなく凍死する。
ひんやりした駅を出て歩く。

道を聞く人も居ない。
僕はいったいこんな所で何をしているのか。
積もる雪はもう足首まで埋まる。

顔が凍って感覚がない。
はぁ。

その時だった。
終業した食堂の前でおばさんが雪かきをしていた。
「あの…すいません。この辺で泊まる所がありますか。」
「閑散期だし、もう閉まっているね。」
「ああ、そうですか。」

実にまずい…


「あ、ちょっと待って。もしかしたらあの姉さんの所やっているかも。」
おばさんはお店に入り電話をかけた。

「この近く宿があるよ。素泊まりなら大丈夫みたいよ。」
おばさんはもう寝ている近くの宿の女将に電話をかけ、僕一人のため宿を再び開くよう頼んでくれた。
さらに、宿まで一緒にきてくれた。
感動…

心が熱くなてきた。

おばあさんの女将は嫌な顔も見せず笑顔で迎えてくれた。
お湯も食事もない素泊まりだったが、その日の宿、素朴な部屋は自分には7星ホテルに負けないほど贅沢だった。

そうやって洞爺の夜は深まった。
凍った体も心も暖まったのは、ただ暖房のおかげではないだろう。
それで僕は挫折せず、新たな力をもらって旅を続けた。

初めての田舎の真冬の夜、吹雪と寒波の中、泊まる所もない危機を助けて
くださった食堂のおばさんと宿の女将。
心から感謝する。
おもてなしの意味が少しは分かりそう。

当時は人生で一番暗い時期だった。
だけど、思い出したくない時期がまるで夜空の星のように輝いて暖かい思い出になるのは
洞爺で出会ったあのお二方の暖かい心のおかげだと思う。

雪が降る夜の洞爺駅。
寂しく立っている街灯。
雪かきをするおばさん。
暖炉の前座り、猫を抱いている女将がいる風景。
あの暖かい心を思い出す。

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