コペンハーゲン国際空港の思い出/5

私たちは、チボリ公園という小さな遊園地の左手の道を進んだ。
すぐそばにはラディソンブルやビジネス街があり、大勢のサラリーマンたちが辺りを右往左往している。
私も彼らが羽織っているものと同じようなコートを見に纏っていたが、彼らと私とでは社会人としての経験値が明らかに違っていた。
彼らの目は真っ直ぐに前を向いており、美しい北欧美女たちの女性的な魅力に目を引かれている様子もない(まあ、そこは多分見慣れているからだろうが。現地人と観光客の違いは、よだれを垂らしながら女性を目で追っているかどうかというところを見ればすぐにわかる。コペンハーゲンで迷った際、道を聞きたいときなどに役立つ豆知識だ)。
ダルマツィオは一体全体なにを考えているのか、あるいはなにも考えていないのか、美女ばかりが通りを往来している現実離れした北欧の景色にすっかり正気を失ってしまったのか、パンツとサンダルとシャツだけを身につけていた。
その上シャツのボタンは三つめまで外し、その男らしさの象徴である胸毛に、ミラーレンズのサングラスというアクセントを加える始末。
こんな奴と歩いていたら私の頭の出来まで疑われそうだが、ダルマツィオの頭の出来を知っている私としては、彼との友情を尊重しないわけにはいかなかった(決して彼を逃せばここ極寒の北欧で再びホームレスになってしまうことを恐れているわけではない)。
それでも、先ほどからすれ違う現地美女の反応を見る限り、どうやら、ダルマツィオのその南の島からワープしてきたかのような格好はある意味で正解だったようだ。
向かいからやってきた北欧美女にうひょぉっ、と歓声を上げ、彼女と微笑みを交わしたダルマツィオは、紳士たるものの務めとして、彼女の臀部が無事に通りの角を曲がるまで見届けてから、私を見た。「コペンハーゲンには前にもきたことがあるんだ」
私は右に立つ彼を見上げた。
私は174cm、彼は180cm。
イタリア人のくせに随分と背の高い彼が羨ましかった。
私は彼を見上げた。「へえ」
「デンマーク人の友人が挙式をあげるからってんでな。しかも酒やつまみや伝統的なデンマーク料理はただときたもんだ。こりゃ行かないとなって思って、チケットを買って早速行ったわけさ。奴のパーティ会場は奴の祖母の家で、その家の飾り付けを頼まれたから、しっかりイタリア流に飾ってやったぜ」
私は笑ったが、イタリア流の飾り付けがどういうものかさっぱり想像できなかった。
「お礼にあいつのお婆さんが焼いてくれた木苺のケーキをいただいたんだが、美味かった。お婆さんは未亡人だったが、さすがに言い寄ったりはしなかった。だが、あの笑顔は忘れらんないな。あんな美しい笑顔を浮かべるご老人になられるなら、デンマーク人と結婚するのも悪くないって思った」
私は口笛を吹いた。「面白いな。お前に、高齢の方に魅力を感じる感受性があったとは」
「女の魅力は胸とケツと顔と声だけじゃねーってことだ」
私は笑った。「で、どこに連れて行ってくれるんだ?」
「この通りには色んな店があるんだ。サンドウィッチやとかギネス展示館とか。まあ、そこは後にすりゃいい。素晴らしいのはパブだ。この通りを抜けて右に行ったところにあるんだ」
「楽しみだ」
「おお、楽しみにしとけ」
私は、ふと、前からやってきた北欧美女に目を奪われた。
彼女は栗色の髪に水色の目、鼻の上にそばかすをちょんと乗せた可愛い女性だった。
背は私よりも低く、手足は棒のように細い。
しっかり食べているのだろうか。
私は彼女に笑顔を向けた。
すると彼女は無邪気な笑顔を浮かべ、ハローと言った。
私は彼女に挨拶を返し、彼女の小さなお尻を見送った。「天国だな」そういう私の顔には、さぞ欲望に満ち溢れた笑顔が浮かんでいるに違いない。
「おい、あれ高校生だぜ」
「え、嘘」もう一度確認しようと思ったが、彼女はすでに人混みに紛れて何処かへ行ってしまっていた。
「ほんとだ。肌を見りゃわかる。16だな」
「肌を見ただけで年齢がわかるのか。ずいぶんとまあ、なんというか、プレイボーイを気取っている時間が長すぎたんじゃないか? もはや病気だぞそれは」
「褒められてるって思うことにする」ダルマツィオは笑った。「16の頃は16の女としこたま楽しんだもんだが、今となっちゃ連中はガキだな。若くて可愛いだけの女に魅力は感じない」
「若い子は若い子でいいと思うけどな。年上は年上で魅力たっぷり」
ダルマツィオは私の肩をポンと叩いた。「飢えすぎだ。最後に女とイチャコラこいたのはいつだ?」
「1ヶ月前。カウナスだ」
「ってことは、お前の指先には1ヶ月分の何かが染み付いてるってわけだな」ダルマツィオはゲラゲラ笑った。
「きめぇな」私はダルマツィオに背を向けて中央駅に向かおうとしたが、彼にやんわりと肘を掴まれたので、方向転換した。
「待てよ」ダルマツィオは笑った。「悪かったって」
「次行ったら財布だけすってヴィリニュスに高飛びするわ」
「ミイラ取りがミイラになるわけだな」ダルマツィオは、テキトーに頷きながら言った。
私たちは、大きな広場で立ち止まり、タバコを吸うことにした。
他にもタバコを吸っているものがいた。
私は携帯灰皿を取り出した。
ダルマツィオは、当然のようにその灰皿に吸い殻を落とした。
広場の一面には巨大なテレビが設置されており、そこには映画の宣伝が流されていた。
向かう先には、バーガーキングやセブンイレブンがある。
鳩が大勢おり、時折足元を突いては、忙しなく飛び立ったり、地を歩いたりを繰り返している。
グループができているようで、1羽だけでいる鳩はどこにもいなかった。
タバコを吸い終えた私たちは、再び通りを進んだ。
鳩たちのそばを通ると、1羽が飛び立った。
それと同時に、他の数百羽の鳩も同時に飛び立った。
私は、その景色に神々しさのようなものを感じて見つめていたが、不意に一羽の鳩が糞を落としたのを見て、1人、ニヤリと笑った。

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