マスクを外す意義/こども達の楯/最後の砦
どんなに苦しくても、我慢し忍耐することが、正しいと信じている方は、この記事から離れて頂くことを、推奨します。
「対策になるから」「身近な人の健康に寄与できる」と、信じ正しいと思うのは、大いに結構だと、私は思います。
この記事は、悪政や報道に違和感や論理的でないと感じている、方向けに書いています。
*私の詳細な考えや想いは、厚労省様への陳情文に記載(約1670文字の長文で、お時間があれば💦)
【疑問】
為政者やTV医師・専門家自身が、本当に私達と同じように、マスク着用をしているのか?
テレビや写真に映る際だけの、限定行動ではないのか?
言い切りや、仮に指摘できる証拠があっても言い訳をされて終わり。
相手の自由を制限することは、、、
自分自身の自由を制限し喪失するので、推奨できません。
ただ「最もらしいこと」「正論ぽいこと」を声高に言う人が果たして、人さまの見ていない所でも、自分を律して守っているのか、疑いの目は持っていいと思います。
自分に厳しい人は、、、
「他人にも同様の厳しさを求めてしまう人」
「人間の弱さや脆さを知っているから寛容な人」
に分かれると思います。
人の真贋を見抜くには、直接会って対話や観察を続けない限り、確証が持てません。
1つ言えるのは、声高に叫んでいる人は、空調が快適に効い場所か、公用車等の移動で、心身に負荷が少ない条件だから「これくらい我慢しなさい」と言っているに過ぎません。
炎天下での運動や、サウナ状態の過酷な環境で仕事をしている人に、同様のこと求めるは、非情ではないですか?
1日でも体験したら、根を上げて発言を撤回するでしょう。
保身と卑怯者の塊には、あらゆる言い訳や逃げ道を作るでしょうが..・
他者への痛みや、想像力に欠けている人に、いくら期待しても無駄。
この構図の中で、
・人権侵害(精神的苦痛)
・健康被害(肌荒れ・皮膚炎・頭痛・呼吸困難・熱中症など)
二重被害を、身近な人同士で強要や同調圧力で堅持させらる、悪どい構図
私が訴えたい結論です
マスクを外せる、安心・安全な場面では、外してほしいと思います
ご自身の健康や快適さのために
例の医薬品(*私は希望しない)を摂取しても、マスク着用しなさいとなり、失望されている方もいると思います。
常に要求され続け、従順に素直に従ったのに、梯子を外されたように。
イジメやDVと、同じですよね。
相手の関心や目的がなくなるまで、際限なく搾取される…
私が、この記事を書いたのは、こども達へ矛先が向かうことの危惧です。
厚労省や小児科医の奮闘により、赤ちゃんから小さい子は、大目に見られていますが。。
「大人がだけが、我慢してるだけでは、だめだ」
「対策のためなら、幼子だろうと、我慢をさせなさい」
ダサイ正義感を振りかざす人、心が病んで潔癖症や強迫神経症の人は、こういう考えを持っていると懸念されます。
人心荒廃しているのは、昭和の戦時中と同じですよね?
それぞれの立場や事情も個々にあると存じます。
ご自身のため
子ども達のため
あなたの小さな勇気
よかったら、ちょっと考えて頂けたら幸いです。
お読み頂いて、ありがとうございます☺