河童と映画/私小説②/ストレスジャンププール
はぁ…
今日も疲れたな
化粧しなくていいけど、ずっとマスクしていると、息が苦しくて、肌が荒れて辛い
仕事中は、ほんと声が不明瞭で聞き取り難くて、神経を使うし、気疲れもして…
大好きな歌手のLiveは、延期が続いて中止になるし、以前みたく、外出や買い物の楽しみも無くなったよね…
それに新しい出会いも減って、今まで付き合いがあった人達と繋がれるだけ…
なんかさ、仕事と生活するだけの、囚人みたい
積極的に、死にたいとは思わないけど、漠然と生きているのが、辛くて苦しいんだよね
わたし、疲れているかな?
はぁ…
電車の到着を知らせる放送が流れると、ホームのベンチから重い腰を上げた
足元に違和感を感じると、誰かのスマホが落ちていて、危うく踏みそうになった!
慌てて避けようとしたら、体勢が崩れて線路の下に落ちてしまった
いたた…
あれ、ケガしていない?!
"電車が間も無く、通過します"
という放送が耳に入る
ウソ…
ヤバい…
確かに、漠然とは死を望んていたけど、こんな形で終わってしまうなんて…
はぁ…
こんな事なら自粛なんてしないで、好きな所に行ったり、お酒を飲みに行ったりしたかったな …
電車の走行音と、光が近付いてくる
すると水音がして、辺りがプールに変わり始め、河童が現れた
リアルな河童でなく、ゆるキャラぽい、カワイイ河童で、ちょっと安心した
わたしに向かって、手を差し伸べてくれる
何かに引っ張られるように、わたしは、その手を取った、、、
~~~~~~
気が付くと、わたしは、ホームの下でなく、ホームの上で倒れていた
頭上から声が聞こえる、、、
「大丈夫ですか?」
と視線を向けると、優しそうな雰囲気の男性が、心配した様子で、わたしを見ている
この人、マスクをしていない
時々は、見かけるけど、珍しい人だな
ニュースで、いきなり怒鳴られたり、絡まれたりするらしいから、仕事以外でも人が多い所では、仕方なくマスクをしている
ホームに停車中の電車を見ると、あれ!?
みんなマスクしていないし、電車の窓が閉まっている!
ホームも静かで、注意まみれの放送も流れていない…
「大丈夫ですか?立てますか?」
と手を差し伸べてくれ、その手を借りて立ち上がった
「あ、あの、ありがとうございます。
マスクしていない人、多いですけど、なにかありました?」
不思議そうな顔で、わたしを見つめている
「えっと、別に風邪も引いていないし、咳もしていないのに、マスクをする必要あるんですか?
もしかして、有名人かYouTuberの方ですか?」
「い、いえ、違うんです。
昨年から、マスクをしないといけないと、TVや新聞が毎日、言っていて…
それに電車の窓も、換気しないといけなくて、雨や強風が吹き込んでも、締めない人もいて、寒いし、うるさくて…」
考えた込んだ様子で、男性がわたしを見ている
「あっ、もしかして、小説とか書いている作家さんですか?」
違う!
一体、どういうこと?
わたしがいる世界は、どこななの?
いつも利用している駅だけど。。
あれ!? そういえば、財布もスマホもない
どうしよう、困ったな…
とういうか、どこに行けばいいんだ、わたし…
目に涙が浮んでくる中で、ホーム上に、懐かしい映画の広告が目に入る。
公開初日を楽しみに、観に行って、物語がすごくステキで、何度も観に行ったっけ
「あの映画、興味ありますか?
ぼく、一度観て好きになって、これから観に行く所なんですよ。」
ふ~ん、わたしと映画の趣味は、合うんだ
「あの、もしよかったら、一緒に観に行きませんか?」
「ちょ、ちょ、ちょっと
ナンパ目的で、声をかけたんですか?
身体目的の、下心があってとか?」
苦笑しながら、男性は答える
「いえ、ぼくには彼女います。」
ガーン、なんだよ
彼女さんが、いるのかよ
「倒れていたので心配で声をかけたんです。
それに、今日が千秋楽で、公開終了なんです。
彼女と観に行く予定だったのですが、急な残業で時間に間に合わないと、メールを貰って…」
ふ~ん、そうなんだ
だからって、知らない人に声掛けるかな?
「普段なら、こんな事はしないのですが、あなたには縁を感じるというか、ほっとけないというか…」
う~ん、どうしようかな?
今、この世界のことを知ることも、頼れる人も、この人しかいない
それに、映画を観るだけなら、いいかな …
「そうだ、今、彼女に電話してみますね。
そうしたら、安心して貰えるし、彼女にも納得して貰えるんじゃないかと。
電話に出てくれると、いいな…」
と言いながら、通話操作を始めている
数コールの後に電話が繋がり、彼女さんに事情を説明している
あ~、いいな
うらやましい
わたしと話している時よりも、声も表情も優しい
あっ、でも、わたしのせいで、浮気を疑われたり、不仲になったら、どうしよう…
不安と心配が頭に、浮かんだ
わたしの口からも説明しないと
「電話、貸してください!」
どう説明しようかなんて思い浮かばないけど、伝えなきゃと、受け取ったスマホを耳に当てると…
「じゃあ、また後でね」
と声が聞こえ、通話が切れた。
あれ?
なんか聞いたことが、あるような声だったような…
「彼女には了解を貰えましたが、どうされますか?」
と聞かれ、、、
「映画が見たいので、行きます。
映画だけですからね。」
と念を押しておいた。
「はい。大丈夫ですよ。」
先程から停車していた電車に乗って、映画館のある駅へ向かう
一体、今はいつで、ここはどこなんだろうか?と頭を抱えると、、、
「大丈夫ですか?水飲みますか?」
とペットボトルを差し出される
電車に乗る前に、そういえば買っていたなと思い出す
「あ、ありがとうございます。」
と受け取り、マスクをずらして飲み始めると、気管に水が入り、むせてしまった
ヤバイ
舌打ちされる
冷たい視線を向けられる
ひんしゅくを買う
怒鳴られたら
どうしよう…
恐る恐る顔を上げると、周りの人達は心配げに 、わたしを見ているだけで、誰1人マスクもしていない
「大丈夫ですか?」
と男性からも聞かれる
「セキエリートが、ないんですか?」
とわたしは、言っていた
あれ!?
舌が上手く回らない
「セキエリート?
小説の題材ですか?
咳をしている人がいたら、体調を気遣うのが、人情ではないですか?」
と言われると、そうだようなと思う
わたし、いつから、セキエリートを、気にしていったけ?
駅に着くと、改札では、私が切符をなくしたことにしてくれて、電車賃を立て替えて貰った
そして、映画館のある商業施設に着いた
なんか記憶にあるような…
入口に入ると、驚くことに関所がない!
「あ、あ、あの。
せ、せ、関所がないんですけど…」
「関所っていうのは?」
「マスクして下さいって言われたり、体温を勝手に測られ映像に記録されたり、あとアルコールで手指を、消毒しないといけないですよ」
「小説の題材が思い浮んだのですか?
随分と人権が制限されていますね…
ブラック系やホラー系の作風ですか?
ぼく、食品工場で働いている時、現場の入退室で毎度、手洗いとアルコール消毒で、手の痛みと酷い手荒れを、起こしたんですよ。
病院で働いてる友人も、同じ様に、手荒れを起こしましてね。
それで、アルコールから手荒れをしない為に、保護膜のあるハンドクリームを塗るんです。
水仕事が多い人や、世のお母さん達の手が荒れているのも、手の油分が失われるからで。
頻繁に手を洗うのも、買い物する度にアルコールで消毒するのは、小説でもよくないと、ぼくは思うんですよ。
ちょっと、考え直して貰っても、いいですか?」
「は、はい…」
そ、そ、そうだよな
この人の言ってることって、実体験に基づく話だから
わたし達は一体、毎日、何を強要されているんだ…
「あ、あの、会社では、出社の度に、体温を測られされ、37度を超えると、出勤ができません。
あとアルコールで、人が触る所や机を、消毒させられます。
寒くても、暑くても、換気をしないといけなくて、窓を解放されます。
お昼休みも、モグラ食をしないと、いけないんです。」
あ、また舌が回らない
「モグラ食って言うのは?」
「食事中は、静かにして、大声は出してはいけないんです。
あと、食事以外は、マスクも外しては、いけないんです。
優等生や風紀員気取りが、見張っていて、いちいち上に報告して、上司から注意を受けるんですよ。
めんどくさくて、うざったいんですけどね…」
「へぇ~、刑務所みたいな設定なんだね。
楽しい食事時に、気兼ねなく笑ったりも、できないんだ。
どうせ見張るならさ、パワハラやセクハラやイジメをしている、ダサイ奴らを見張ってほしいと、ぼくは思うな。」
「はい! わたしも、そう思います。」
へぇ、気が合うし、賢くて、鋭い部分もいいなと思う
でも、彼女さんがいるんだよね
映画館に着いて、チケット売り場に並ぶ
それにしても、みんな並ぶ間隔が近くない?
「ソーシャルダンス! 」
わたしの舌が勝手に動いて、叫んでしまった
周囲の人達は、驚いたように見ているが、どこか頭のおかしい人を見るように、笑いを浮かべている
あれ!?
この世界には、ソーシャルダンスがないの?
「すいません。映画が楽しみで、ちょっと騒がしくてしまって…」
と、男性が周囲に頭を下げている。
え?!
わたし、変なことを言ってしまったの…
「小説のアイデアが、出たんですか?」
と聞かれ、私だけが浮いていることに気付く
あ~、恥ずかしい
それに、わたしのせいで恥をかかせてしまって、申し訳ないと思う
「気を取り直して、軽く食べに行きませんか?
上映まで時間もあるので。」
「 …はぃ… 」
飲食店に着くと、わたしは驚いて、呆然となった
「あ、あ、あの、20時を過ぎているのに、営業してて、いいんですか?
あと、お酒の提供も、大丈夫なんですか?
鳥カゴ板も、無いですよ?」
「え、えっと、飲食店さんって夜遅くから早朝まで、営業してくれる、お店が多いでしょ?
それに、お酒の提供ができないら、大人相手のお店は、経営が大変だよ。
それで、鳥カゴ板と言うのは?」
「鳥カゴ板は、鳥カゴの様に、板に囲まれて食事をしないといけないんです。
狭苦しくて、圧迫感もあって、声も反射してしまって、大声を出さないと、声が届かないんです。
設置しないとお店に、罰則や罰金が適用されます。」
「ますます、酷い話しになるね。」
「いえ、、、
それが、もう…」
ずっと昨年から続いている
諦めるか、慣れるしかないと思っていたけど
そんな中で、みんな生活したり、働いていたのか…
注文した食事とお酒が運ばれて、わたしはマスクを外した
ふぅと、一息をつく
そして、わたしは、化粧をしていないことを思い出す
彼女さんがいる人だけど、油断したな
だらしない人って、思われるかな?
「あ、あの、化粧をしない人って、どう思いますか?」
と聞いてみた
「う~ん、別に、ぼくはどっちでもいいと思うよ。
化粧品が肌に合わない人だっているし、毎日化粧をしたい人がいてもいいし、気合いを入れたい時や、見栄を張りたい時だけ化粧をするのも、いいんじゃないかな。
彼女は後者の人で、ぼくが、自分の好みや考えを押し付ける気はないよ。
人に強要されるのも嫌いだけど、人に強要するのも嫌いだから。
それと、やっと素顔を見れてよかった。
マスクをされているのは、事情があるんだろうけど、素顔や表情が見れて、ちょっと安心したよ。」
そうなんだ
他人の素顔や表情を見る機会が、随分無くなったけど
わたしも素顔や表情を、人に見せていなかったのか
食事を終えて、関所もない入場口で半券を貰い、劇場に入ると、わたしは目を疑った
「座席縛りが、されていない!」
「今度は、どうしたの?」
「座席縛りは、ソーシャルダンスを確保する上で、一席ずつ間隔を空ける為に、養生テープと注意書きで、絶対に隣の席に座ることを、封印する縛りです。
他人同士だけでなく、家族・友人・恋人同士であっても、隣に座ることが許されません。
巷の噂では、他人の仲のよさを妬んだ者が、僻み根性丸出しで、座席縛りをTV局に訴えてから、広まったそうです。」
「今度は、オカルトや霊的な話しに変わったね。
迷惑な話しだね。
みんな貴重な休みや、時間を使って、観に来ているのに 。
隣で一緒に観ることが出来ないなんて。
小さなお子さんがいる、親御さんは、大変なんじゃないかな?」
「は、はい。そうですよね。迷惑ですよね…」
「それで、どうする?座席縛りで観る?」
と聞かれ、少し考えてから
「隣がいいです」
と、わたしは答えた
予告から終了まで、注意てんこ盛りの映像や音声がなく、とても楽だった
上映後に売店で、見本のパンフレットを手に取ると、そういえば、わたしも買ったけと、懐かしく思う
「買われますか?」
と聞かれ頷いた。
ここまで、立て替えて貰った分は、ちゃんと返そうと思う
お札を借りて、店員さんに差し出すと、手渡しでお釣りを渡されて、数年振りの経験に驚いた
キャッシュレスだの、セルフだの言われて、何でも自分でやらされて、面倒なんだよね
そして、パンフレットを袋詰めして、わたしに渡してくれた
「レジ袋有料化!」
嬉しさで涙が溢れて、膝から崩れ落ちた
店員さんも、男性も心配げに、わたしを見ている
「地球環境を守るらしく、レジ袋が有料化されました。
万引きが増えても見直されず、同じレジ袋でも成分や配合の違いだけで、無料と有料扱いされるのです。」
「随分とヒドイ国の話だね。
悪政が蔓延しいるんだね。」
「はい。そうなんです…」
劇場を出ると、彼女さんとの待ち合わせ場所に着く
残業が終わり、もうすぐ着くとメールが届いたそうだ
「あ、既読が付いたり、スタンプが使えるアプリって、使わないんですか?
みんな、使っていると思うんですけど。」
「最初は、スタンプとか、おもしろくて、使っていたんだけどね。
お互い、既読疲れをするようになり、止めようって、話し合ったの。
うちらの場合、基本は電話で話して、ちょっとした連絡にメールを使うかな?」
へぇ、なんか、しっかりとした考えや、話し合いができる関係って、いいなあ
彼女さんって、どんな人なのかな…
と、考えていたら、通りすがりの人が、
「候補地が、決まらないんだよね」
とスマホで、話しているのが聞こえた
「ゴリラピクニック!」
「4年に一度、世界中のゴリラを集め、ピクニックを観戦するんです。
昨年は安全面から延期になり、 今年は安全面が危惧される中で、強行開催されます。
無観客で安全だからという理由ですが、ゴリラが元気が出ないという理由で、観客を入れるそうです。」
はぁ…
わたし、舌が変になっている、、、
と思っていたら、男性が嬉しげに手を振り始めた
遠くてよく見えなかったけど、段々と近付いてくる顏を見て、目を疑った
えっ!?
ウソ
わたしと似ているし、ちょっと若い感じかな?
するとプールが突然現れ、再び、ゆるキャラぽい河童が出てきた
男性の顏が、ぼんやり暗く見えなくなる中で、声だけは聞こえる
「あなたに、縁を感じたり、ほっておけないと思ったのは、彼女と姿だけでなく、行動や考え方も似ていたからなんですよ。」
そうだったのか
だから親切にしてくれたり、助けてくれたのか
近付いてくる彼女さんは、別の世界のわ…
と、その瞬間に河童に手を取られる
~~~~~~~~~~
あれ?
わたし、ホームの上で倒れている
う〜ん、息苦しいと思ったら、マスクをしている
食事をした後から、マスクを外したままだったけど、元に戻っているの?
足元に視線を向けると、あの時、落ちていたスマホが見える
頭上から気配を感じると、少し年を重ねた、あの男性がいた
「大丈夫ですか?立てますか?」
と声をかけて、手を差し伸べている
線路の下からは、またプールが現れ、河童も手を差し伸べている
あぁ…
わたしに、選べというの?
自由な世界か
辛く苦しい現実で、生きる世界か
決められなくて、黙っていると、、、
「あ、ケガは無かったですかね?
マスクしてない人間に話しかけられたら、迷惑でしたよね。」
と悲しそうな顔をして、この場から離れていく
違う!
あちらの世界は自由だけど
別のわたしがいて、居場所はないんだよね
それに、優しく幸せそうだった男性の顏が、こちらでは、ひどく疲れているように見えた
わたし以外の彼女さんが、いるのかな?
誤解させて、傷つけたままでいるのは嫌だ
わたしは、這いずりながら、立ち去る男性の手を取り、立ち上がった
男性は、驚いた様子で、わたしを見ている
とにかく伝えなきゃ
「あ、あの…」
素顔や表情を見せて、この人に伝えてたいと思い、マスクを外した
「あの、声掛けて頂いて、ありがとうございます。
誰かのスマホが落ちていて、転んじゃったんです。
おかげさまで、ケガもなくて。」
「そうですか。よかったですね。」
と男性の顏に、安堵と笑みが溢れた
よかった、伝えらえれた
けど、このままだと、ここで…
「あのよかったら、一緒にスマホを届けに、行ってくれませんか?
そ、その、悪用されたら困ると思うし、、、」
下手くそか、わたしと思っていたら、、、
「いいですよ。一緒に行きましょう。」
と言われて、嬉しくなる
ふと、プールの方を見ると、消えて見えなくなる中で、河童が手を振ってくれている
わたしたちのことを、応援してくれているのかな?
ありがとね
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長文、お読み頂いて、ありがとうございます。
眠れぬ夜と、休日も有り、荒削りですが、書いてみました。
もしよかったら、感想など頂けたら幸いです。