物事を点で話す人、多いよね

ちょい概念の話。社会は人間が作り出している。個の人間の集合体が社会。だから何かあった時に点で語る事にあまり意味がない、というか根本解決にならないし大概そういう場合はポジショントークになりがち。

わかりやすい例を言えば。ミスではなく自転車にライトを付けない大人がいたとする。この場合、「夜間は点灯が義務だ!」とライトを強制的に点けさせる事にあまり意味がない。なぜなら、このご時世夜間点灯など知っていてあえてライトを着けないからだ。こういう人は

・ルールをあえて無視する

背景がある。まず、ライトを点けるのが自分の為であり、なおかつ相手の為であり、それが重要だからルールが出来た、という社会の事を軽視、もしくは無視、無関心なのだ。だからこういうタイプは同時にヘッドホンで音楽を聞きながらスマホをいじりながら無灯で片手(もしくは両手離し)で運転するし、信号も守らない。タバコを吸いながら運転する事もあるだろう。全部とはいわないが、どれかは必ず当てはまる。無灯だけの問題ではないのだ。

こういう事があらゆる事にあてはまる。不倫する人。わいせつ教師。パワハラ、セクハラする人。今では緊急事態宣言中でも都から移動してキャンプに行く人達。この「点」の事を批判する人があまりにも多い。

もう一つ例をあげよう。フェミニストの人が女性蔑視を批判する。それ自体は正論。しかし、蔑視される事だけを取り上げても問題は解決しない。蔑視の反対にはその分、過度に優遇されている事があるからだ。蔑視を闇としたら光も同時に消さないとならない。

社会は輪廻、ぐるぐると繋がっており、一つ突出した事だけ潰せばいいという事ではない。多角的に問題に取り組まないと根本解決は難しいのだ。

なんてもやっとした事を書いてしまった。

色々考えちゃうね。

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