【晝田瑞希】「スーパースターになるための第一歩」アマチュア時代の後輩に甘くないと突きつける。 2022年9月1日
◇日本女子フライ級王座決定戦6回戦
1位
晝田瑞希(三迫) 2戦2勝
×
3位
柳井妃奈実(真正) 2戦2勝(1KO)
「いちばん面白くて、盛り上がる試合になる」
同世代のアマチュア全日本女子選手権王者がプロのリングで“日本一”を争う。
2つ年上の晝田瑞希(ひるた・みずき)は2016年、17年とフライ級で準優勝のあと、18年にフライ級、19年にフェザー級と2階級で連覇。柳井妃奈実(やない・ひなみ)は17年、18年にライト級を制し、15年、16年の同ジュニアの部・バンタム級と合わせて4年連続優勝。いずれ劣らぬ実績を誇る実力者対決となる。
一方で日本代表として世界選手権など、国際大会に出場したときや強化合宿では同部屋になることが多く、「人懐っこくて、後輩というより友だちっていうぐらい仲が良くて。一緒にお化け屋敷に行ったり、(世界選手権が開催された)インドの芝生で相撲を取ったこともありました(笑)」(晝田)、「お世話になった先輩で、お菓子を食べながら、お互いに負けた反省会をしたり(笑)、階級が違うから、試合することもなかったので、仲良くさせてもらいました」(柳井)という仲でもあった。
ともに女子五大タイトルマッチの中で「いちばん面白くて、盛り上がる試合になる」と口をそろえ、互いを認め合う両者。晝田はサウスポーのフットワーカー、柳井はパワーのある右ファイター型と、対照的なスタイルの元トップアマチュア2人がプロ初タイトルとプライドをかけて激突する。
試練を乗り越え、強い覚悟で臨む
26回目の誕生日を迎えた今年4月12日。プロの手厳しい洗礼を受けた。
当時の東洋太平洋女子スーパーフライ級王者で、3度の世界挑戦経験があり、12勝中8KO(5敗)の強打を誇る、ぬきてるみ(当時・井岡弘樹、現・真正)に8回判定勝ち。プロ2連勝を飾るも終盤7回に2度倒され、冷や汗をかかされた。
試合後のリング上で行われたインタビューでは、人目もはばからずに泣きじゃくった。
「アマチュアでやってきて、あんなになったことがなかったので……。ビックリと動揺と、もうダメかもって、一瞬、思ったんですけど……。こんなところであきらめられない、と思って、頑張りました」
あらためて、晝田が振り返る。
「私、痛みには、すっごい強いんですよ。痛いのは、いくらでも耐えられるんですけど、気づいたら下に座ってたから。プロの8オンスのグローブって、それが怖いなって」
試練が人を一回り大きく成長させる。この4ヵ月余りは、潜在意識に刻まれた“怖さ”を払拭する闘いでもあった。
柳井戦に向けた、ある日のスパーリングで記憶を呼び起こされた。女子選手とはパワーが違う男子選手を相手に、気づけばキャンバスに座り込んでいた。
「あ、また、あのときのだ、あの試合と同じだって、不安になってしまって……。もう、泣いちゃうぐらい怖くなったんですね。まだ3ラウンド残ってるのに『もう無理』って、心が折れちゃって」
そんな晝田を「まだやるよ。いちいち感情を表に出すな」と突き放し、スパーリングを続行させたのは加藤健太トレーナーだった。何とか気持ちを立て直し、予定のラウンドをやりきると厳しい言葉を投げかけられた。
「そんなメンタルじゃ、チャンピオンにはなれないぞ」
翌週、また別の男子選手とのスパーリングの1ラウンド目。「パンチをもらわないように」と過敏になり、持ち味のステップワークが“逃げ”の足になった。「もらいたくない、じゃなくて、もらう覚悟を持て」。インターバルの加藤トレーナーの忠告を受け、心構えをつくり直した。2回以降、どこか引けていた気持ちが切り替わった。
「めっちゃパンチをもらったし、いいパンチももらったんですけど、大丈夫って思えて」。残りのラウンドをしっかり戦い抜き、「トラウマを克服する」きっかけをつかんだ。
内なる闘いを乗り越え、強い覚悟を持って臨むプロ3戦目のリング。柳井のパンチ力と体の強さは十分、理解した上で、きっぱりとアマチュア時代の後輩に突きつける。
「柳井のことだから、ぬきさんとの試合を見て、『いける』って、思ってると思うんですよ。けど、そんなに甘くないよって、私が教えてやろうと思います」
ベルトを獲らなきゃ何も始まらない
「今がいちばんボクシングと向き合ってるかもしれない」という。地元・岡山の岡山工業高校で初めてグローブを握った。卒業後に所属した自衛隊体育学校で全日本連覇を果たすなど、頭角を現した。東京五輪予選出場権を争う“ボックスオフ”で、のちにフェザー級金メダリストに輝く入江聖奈に敗れ、集大成となるはずの夢は潰えた。
「ボクシングをやってきて、よかった」。そう心から思えるように。プロでボクシングを続けると決めた。生活費を稼ぐためのアルバイトに時間を取られるなど、思うようにならないことも少なくない。ボクシングに集中できる環境を与えられていた自衛隊体育学校は「今、思えば、本当に恵まれていた」と思う。
だが、だからこそ、今、「ボクシングに飢えていて、欲している自分に初めて気づけた」という。
「自衛隊では、当たり前に朝も午後も練習ができて、当たり前にボクシングをやっていたのが、今は自分次第だし、もっと練習する時間が欲しいと思うけど、毎日、生きてる中でいちばん大切で、充実してるなって感じるのはボクシングをしてる時間って思えるようになったのは、プロになってからだから」
同門の前WBO女子世界スーパーフライ級王者の吉田実代、日本女子ミニマム級王者の鈴木なな子の身近にいて、「ベルトを持ってると持ってないで、こんなに周りの反応が違うのか」と感じてきた。
「だから、まず今回、ベルトを獲ることが私のスタートライン。獲ったから何かが変わるかは分からないけど、獲らなきゃ何も始まらないって思ってます」
泣き虫な女の子からスーパースターへ
ぬきに勝利したリングで泣きじゃくる娘を見た父親に「小っちゃい頃と何も変わらん」と言われた。幼い頃は、泣き虫で、引っ込み思案で、人前に出るのが恥ずかしい、という女の子だった。「向いとらんから、やめたら」。決まって、いつも言われるのだという。
5歳から小学6年までは器械体操、中学ではバスケットボール部、ダンスと少女時代は活発だったが、「みんなと楽しく」というスタンス。入学が決まった高校のパンフレットでボクシング部を見つけ、物珍しさも手伝って“成り行き”で入部した。「ガチな部活で、来るところを間違えた」と戸惑いからのスタート。持ち前の頑張りで、ここまで来た。
「スーパースターになりたい」。折にふれ、晝田は公言してきた。それは「井上尚弥さんみたいな“モンスター”のように強いスーパースターじゃない」という。
「私も自分がボクシングに向いとるって思っとらんし(笑)、苦しいとか、しんどいとかのほうが多いけど、私が自分を最大限に表現できるのはボクシングだけだから。こんな私が頑張って、戦ってる姿を見て、ちょっとでも元気になったとか、明日から頑張ろうとか、何か感じてもらえたら、幸せだし、誰かにいい影響を与えられる人がスーパースターだと思うから。もっと強くなって、世界チャンピオンになることは大前提で、私もそうなれるように。そんなふうに感じてくれる人がたくさん増えるように。頑張ります」
発表会見では「スーパースターになるための第一歩」と位置づけた一戦。思い描く未来へ大きな一歩を踏み出す。
<船橋真二郎>
●ライブ配信情報
▷配信プラットフォーム:BOXINGRAISE
▷ライブ配信:9月1日(木)17時45分~試合終了時刻まで
▷料 金:980円 ※月額会員制
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