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【近藤明広】因縁の再戦に倒して決着つけ、ここからは楽しんで世界を目指す ~ダイヤモンドグローブ・インタビュー 2022年12月5日

◇東洋太平洋スーパーライト級タイトルマッチ12回戦
 王者 近藤明広(一力) 47戦35勝(20KO)10敗2分
 ×
 6位 永田大士(三迫) 21戦16勝(6KO)3敗2分

"倒して防衛する"

 12月5日、東京・後楽園ホールで開催される『ダイヤモンドグローブ』のメインイベント、東洋太平洋スーパーライト級タイトルマッチは因縁の再戦になる。王者の近藤明広(一力)と挑戦者の永田大士(三迫)は2020年12月に拳を交え、不完全燃焼の7回負傷引き分け。当時の日本同級王者、永田が初防衛に成功し、挑戦者の近藤は王座奪取に失敗と明暗を分けた。

 序盤は永田が攻勢、後半に近藤が追い上げ、勝負はここからというところで幕切れとなった。前回と立場を入れ替える形で再び激突することになった両者の思いは2年越しの決着以外にない。

「もう判定はいいかなという気持ち。倒して防衛すると決めています」(近藤)
「白黒はっきりさせるので見ててください。全力でガンガンいきます」(永田)

 元日本、WBOアジアパシフィック・ライト級王者の近藤は今年6月、麻生興一(三迫)を2回TKOで下し、キャリア3つ目となる現在のベルトを手にした。2017年11月には世界王座にもアタック。アメリカ・ニューヨークでセルゲイ・リピネッツ(カザフスタン)とIBFスーパーライト級のベルトを争ったが、奮闘及ばず判定で敗れている。

2019年2月、2度目の挑戦を目指したIBF挑戦者決定戦で40戦目にして初のKO負けを喫し、世界は遠ざかった。37歳のベテランは、それでも戦い続けてきた理由について「日本か東洋か、最後にもう一度、ベルトを獲って、応援してくれた方への恩返しにしたかった」と語る。

「最低限の恩返し」を果たし、近藤は「今までは応援者のため、ジムのため、家族のため、勝たなきゃ、結果を出さなきゃ、というのがあったんですけど、ここからは楽しんじゃおうと思っています」と笑った。プレッシャーから解放され、9月に臨んだ日本6位の柳達也(伴流)とのノンタイトル戦は6回TKO勝ち。4年ぶりの2連続KO勝ちで、初防衛に向けて勢いをつけてきた。

2年ぶりの勝利を挙げた昨年大晦日の石脇麻生(石田)戦の前からタッグを組む羽田野剛トレーナーは「向こうもいろいろ作戦を考えてくるでしょうけど、中盤から後半にかけて倒したい」と力強い。サウスポーのファイターの「手数と勢い」に後手を踏まされた反省を踏まえ、「先手で攻めたい」という近藤も「楽しんで、倒しにいきます」と宣言する。4歳上の羽田野トレーナーが平成国際大学、近藤が白鷗大足利高校のアマチュア時代にスパーリングをして以来の間柄でもある旧知の2人は「自信はあります」と口をそろえた。

所属の一力ジムにて羽田野剛トレーナーと


■永田との再戦は先手で攻める

――永田選手との2年ぶりの再戦が決まったときはどんな気持ちでしたか。

近藤 (永田と同門の)麻生(興一)くんとやったとき、「勝てば、永田選手かな」と思ってました。三迫ジムさんには(麻生)の挑戦者に選んでもらったので、決着をつける意味でもやるのが礼儀かなというのはありました。

――前回は偶然のバッティングによる(永田の)負傷で、7回途中引き分けに終わりました。

近藤 挑戦者側は負けたようなものなので、スッキリしなかったですね。

――前半は永田選手、後半は近藤選手が追い上げる形になりました。試合展開、後半の手応え、どのように受け止めている試合ですか。

近藤 もともと後半まで行ったら自分だなというのはありました。前半は自分のイメージよりポイントが離れ過ぎたので、今回はしっかり最初から。まあ、(パンチが)当たり始めたな、と思ったところで終わってしまったので、そのいいイメージを持ったまま入りたいですね。

――実際に手を合わせた永田選手の印象は?

近藤 真っ直ぐ突進してくるイメージですね。思い切り踏み込んで打ってくるパンチはないので、後手になり過ぎなければいいかなと思います。

――フィジカルの強い永田選手の体の強さはどうでしたか。

近藤 2年前の日本タイトルマッチよりも前ですけど、スパーリングをやったことがあったので、もともと体は強いと分かってましたし、想像どおりでした。でも、手数と勢いに前半はやられたので、そこを今回はしっかりふさぎたいと思います。ポイントを取られないように最初から先手で攻めたいですね。

――2回TKO勝ちでタイトルを獲った麻生戦は最初から攻めました。羽田野トレーナーに(2009年8月に)初回TKO勝ちで日本ライト級王座を獲った三垣龍次戦のように「最初から行け」と言われていたということでしたよね。

近藤 そうですね。

――麻生選手に対する作戦だったのかもしれませんが、自分のテーマとしてもあったのでしょうか、出し惜しみしないというか。

近藤 ああ。(永田戦が)出し惜しみして引き分けて、スッキリしなかったので、それもありましたし、麻生くんを研究して、羽田野さんの意見が「前半は様子を見てくるから、パンチをなるべく叩き込もう」ということだったので。出し惜しみした部分を払拭したい僕の思いと作戦が一致した感じでした。

――あらためて戦績を振り返ると麻生戦が2018年9月以来、3年半ぶりのKO勝ちだったんですね。

近藤 マジですか!? それは知らなかったです(笑)。

――次の柳達也選手も右の一撃で倒して、4年ぶりの連続KO勝ちでした。

近藤 全然、意識してなかったですね(笑)。最近、勝ってないなっていうのはありましたけど、(2年ぶりに)大晦日に勝って。

――その大晦日の石脇選手との試合も右を積極的に先手で当てて、判定で完勝でした。

近藤 そうですね。ただ、右の単発で終わるから持ちこたえられるんだ、左をフォローしたら、もっと効かせられるとトレーナーに言われて。だから、麻生くんを最初に効かせたのは(右のあとの)左フックだったんですよ。

――右を効かせたあと、フォローの左を出したら倒せるとベテランの田中栄民トレーナーに言われていたということでしたね。あれは石脇戦の反省もあって。

近藤 そうですね。あの(フォローの)左フックは練習してました。

――そういう段階を踏んで、永田選手との再戦。いい流れで臨めそうですね。

近藤 はい。前回の自分に足りなかったのが先手、先手で攻めていくことなので。それをしっかりやるだけです。

■ボクシングの神様に続けろと言われて

――麻生選手からタイトルを獲ったあと、冗談めかして、もうこれ以上はない、今がボクサーとして“マックス”だと言っていました(笑)。

近藤 もう思い残すことはないです(笑)

――いやいや(笑)。今、どんな気持ちでボクシングを続けていますか。

近藤 いや、今がいちばん楽しいです。今までは応援者のため、ジムのため、家族のため、勝たなきゃ、結果を出さなきゃ、というのがあったんですけど、ここからは楽しんじゃおうと思っています。

――ここからは自分のために。

近藤 そうですね。ベルトという形で最低限の恩返しはできたかなと思うので、あとはおまけみたいなものなので(笑)。だから、9月に柳選手とやったときもまったく緊張しなかったですね。プレッシャーから解放されて、ポイントも気にせず、やりたいようにやりました。

――ベルトで最低限の恩返しをということでしたが、もう3年以上前ですか、アピヌン(・コンソーン=タイ)とのIBF挑戦者決定戦で、タフな近藤選手が右アッパーで倒されたシーンは、我々としてもショックでした。あそこから這い上がることができたのは?

近藤 あのときは正直、もう世界は無理だと思ったんですよ。そのときに日本か東洋か、最後にもう一度、ベルトを獲って、応援してくれた方への恩返しにしたいと思ったんです。形のあるものを獲って、今まで応援ありがとうございました、じゃないですけど。でも、勝ったり、負けたりで、もう無理なのかな、いや、まだ行ける、その繰り返しでした。

――昨年の12月に同い年の麻生選手が内藤律樹(E&Jカシアス)選手からベルトを獲ったから、自分も頑張れたと言っていましたね。

近藤 あ、そうですね。麻生くんも一度は日本を獲って、負けて、絶対に自分と同じ心境だろうなと思ってました。その麻生くんが結果を出したし、同級生でも、ケガや家族のことだったりで続けたくても辞めていった人を見てきたので。自分はケガしているわけでもないし、やれるならやらないと、そういう人たちに失礼だなというのもありました。

――麻生戦の前からスポンサーの会社で仕事を始めたということでした。今の環境はどうですか。

近藤 収入の面で心配がなくなって、環境としても今がいちばんいいですね。

――今の仕事はいつから?

近藤 2月です。まだ9ヵ月なんですけど。3人目の子どもが生まれることになって、コロナで試合も少なかったですし、明日からどうやって食っていこう、みたいな状況だったんですよ(笑)。いよいよボクシングどころじゃないかなと思っていたら、今の会社の社長と出会って、うちで働かない? となって。そのままスポンサーにもなってくれたんです。

――ということは、もともとスポンサーをしてくれていた会社ではなく。

近藤 はい。もともと小っちゃいマンションに住んでいて、3人目が生まれるから引っ越したんです。貯金を全部使って(笑)。

――そうだったんですね(笑)。

近藤 それが2月の頭で。で、ご近所に「引っ越してきました」って、挨拶回りをして、今の会社の富士設備工業さんにも挨拶に行ったんです。そしたら話がはずんで、何をしてる人なの? プロボクサーですっていう話から、うちの奥さんが冗談で力仕事があれば使ってください、と(笑)。いや、ほんとに募集しようと思っていたから、うちで働かない? みたいになって。

――飛び込みで引っ越しの挨拶に行った会社で?

近藤 はい(笑)。でも、最初は断ってたんですよ。空調設備工事の会社なんですけど、知らない世界ですし、何もできないのでって。でも、ご近所なので次の日、また会って、また誘っていただいたので、そこまで言っていただけるなら履歴書を持って行きます、と。で、2月中旬には働き始めました。自分のブログも見てくれたみたいで、スポンサーもやるよ、と言っていただいて。

――すごい話ですね。それで最初の試合がタイトルマッチですもんね。

近藤 そうですね。会社の人たちも来てくれて。で、一発目の試合でベルトを獲ったので「すごい人だったんだね」みたいな(笑)

――そういう話がなければ、ボクシングは続けていなかったかもしれない。

近藤 いや、ボクシングができてるのは今の環境のおかげです。それでベルトも獲れましたし。今、思うとボクシングの神様に続けろと言われてるような気がします。まだ何か自分にできる使命があるのかなって。だから、もう1回、世界っていうのは思ってますね。さっきも言ったみたいに、ここからはおまけなので(笑)、楽しんで、とことん夢見てやろうと思ってます

■子どもが仮面ライダーに憧れるように

――中学3年生からボクシングを始めて、20年以上になりますか。5年前に取材させていただいたとき、これだけ長くやってきて、ここから大きく伸びることはないからと、体幹とか低酸素トレーニングとか、フィジカル系の練習に力を入れていましたよね。

近藤 そうですね。20代の前半はスピードを生かしてましたけど、どっしり構えてやるように変わってきてから、上半身と下半身のバランスが悪くなった感じがしたので、下半身の強化をするようになったんですよね。でも、コロナでやらなくなったんですけど、年末の前、1年ぐらい前に再開して。

――それも石脇戦の前からだったんですね。

近藤 はい。もうやり方は分かるので、ここ(一力ジム)でバイクを漕いだり、自分でやってるんですけど。それからまた調子がよくなってきたんで。村田(諒太)選手(帝拳)が言ってたんです。ボクシングって、下半身だよねって。

――村田選手のアドバイスで?

近藤 (東洋)大学の同期で食事をする機会があって、会話の中で村田選手がフィジカルやってる? みたいな話になって。最近、下半身をやってなくて、必要だと思ってるんだけどねって答えたら、ボクシングって、やっぱり下半身だもんね、と。自分より考えてやってる人が言うんだから、と思って(笑)。

――そういうきっかけもあって、また始めた。

近藤 はい。そこからバランスもよくなって、スパーリングも調子いいですし、石脇選手、麻生選手、柳選手と勝っているので。

――それこそ、村田選手とは同い年で、東洋大学(中退)の同期でもありますが、麻生戦の前、4月の(ゲンナディー・)ゴロフキン(カザフスタン)戦はどんなふうに見ていましたか。

近藤 あ、自分は絶対に勝つと思ってました。大学のときから、ここぞというときに勝つところを見てきたので。そういう星の下に生まれてきた人というか、村田諒太って、そういう人だと思ってるんです。

――大学当時から違うものを感じた。

近藤 そうですね。ロンドン五輪のときも絶対にメダルを獲ると思ってました。もちろん金とは思わなかったですけど(笑)、でも、清水(聡)選手(大橋)が銅を獲ったとき、あ、金を獲っちゃうだろうなと思いました。人よりすごいことをやると思っていたので。だから、(ゴロフキンに)負けちゃったかって、逆に思いましたね。感動しましたけど、村田諒太も人間なんだって思いました(笑)。同級生ですけど、大学の頃から人一倍努力するし、人一倍考えるし、憧れというか、すごい人っていう感覚です。

――近藤選手はニューヨークのバークレイズ・センターという大会場で世界戦を経験しました。今のご自身にとっては、どんな経験ですか。

近藤 思い出づくりにするつもりはなかったんですけど、いい経験になった、という感じですね。ボクシング人生においても、人生においても。ありきたりですけど、諦めなかったら叶うんだなということを実感しましたね。もう一度、日本か東洋を獲るという思いを諦めなかったからこそ、6月に獲れましたし、「あ、やっぱりな」と思いました。再確認できましたね。

――まだ現役だから、振り返るときではないですけど、ここまでボクシングを20年以上やってきて、今の自分をどう感じますか。

近藤 別に世界を獲ってないから、ボクシングを極めたわけではないですけど、ひとりのボクサーとして、ボクシング人生は極められたのかなと思ってます。普通なら日本チャンピオンを1回獲って、終わってたかもしれない人生ですけど、そこを東洋、アジア、世界戦とできて、100%、120%やり尽くせたんじゃないかなと思いますね。

――もう一段、二段、引き上げられたのは何が大きかったと思いますか。

近藤 まあ、ほんとに子どもが仮面ライダーに憧れるように、この歳になっても純粋に世界チャンピオンになりたいって、諦めなかったことだと思います。大体、みんな、諦めるじゃないですか。30過ぎて、まだ俺は仮面ライダーになりたいって、傍から見たら痛いやつですよね(笑)。でも、そんな感じです。それをずっと思い続けてきたからじゃないですかね。

――今も世界チャンピオンという目標は持っているわけですもんね。

近藤 そうですね。続けるからには。サッカーの三浦カズ(知良)さんも目標を訊かれたら、今でも「日本代表」と言うじゃないですか。それでサッカーを楽しんでいるじゃないですか。そんな感じです。自分も楽しんで世界のベルトを目指します。

――次の永田選手との試合は2年越しの決着もかかりますが、どんな試合を見せたいですか。

近藤 そうですね。もう判定はいいかなという気持ちです。倒して防衛すると決めています。楽しんで、倒しにいきます。12ラウンドありますけど、前半で倒したいですね。自信はあります。まだ、この歳でもやれるっていうところを見せたいですね。

(取材/構成 船橋真二郎)

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