赤死慈愛(アカシジア)
最近わりと平穏な日常を送っている僕にとって、抜き差しならないぶっちぎり1位の悩みがある。それがアカシジアだ。これはラツーダという薬の副作用で、数年間飲んでいたセロクエルから変薬した結果の産物である。
先に断っておくと、ラツーダ自体は良い薬だ。セロクエルと違って夜中バカみたいにお腹が空くことはないし、朝も少し過剰なほど早く目覚めることができる。気分もかなり安定させてくれて、ここ最近は希死念慮やひどい抑うつとは無縁で過ごせている。
しかし、アカシジアだけは耐え難い地獄のような副作用だ。どんな症状か文章で説明するのは非常に難しいのだけど、「静座不能症」と訳されるのにも深く合点がいくほど、とにかく座ったりじっと横たわっていることが不可能になる。下肢を中心に異常なほどのソワソワが起こり、ベッドの中で狂ったように足を振り回したところでその苦痛からは逃れられない。のたうち回って疲れ切り、気絶するようにいつの間にか眠っている毎日だ。
昨夜は試しに、アカシジアが出始めたところでこのクソ寒い中散歩に出かけたがほとんど無意味だった。いくら誤魔化そうとしたところで、帰宅してみれば身体が自分のものでないかのように感じられ、普段決して出さないようなドスの効いた叫び声を連発するほどの苦痛なのである。
一応、対策としてリボリトールという薬も飲んでいるのだが、効いているのか全く分からない。頓服として出されているものだが、あまりにもアカシジアがひどいので毎晩常用している。それでも決して、楽になることはないのだ。もしこれをもらっていなかったらもっと酷かったのだろうか。想像するだけで寒気がする。
少し飛躍しているかもしれないが、世の中のあらゆるものは光と影が表裏一体なのだなと感じる。飲んでいるころはあれほど憎かったセロクエルはアカシジアはが全く出なかったし、夜中のドカ食いさえ乗り切ればストンと眠りに落ちることができた。早朝覚醒もなかったのである。
そのドカ喰いと過眠をどうしても止めたくて飲み始めたラツーダは、確かに不適切な食欲と過眠からは解放してくれたが、新たな、それでいて重大すぎる悩みをもたらしたのだ。今、急いでこの記事を書いているのも、どうせ1時間もすれば恐ろしいアカシジアがやってくるのを危惧してのことだ。本当にこれさえなければ、ラツーダは完璧に近い薬である。まあもちろん、精神科の薬など飲まなくても笑って生きられる人生は、完璧を通り越して神聖ですらあるのだが……。
赤い死のような苦痛と、それと引き換えに慈愛を与えてくれる薬。そんな意味を込めて今回のタイトルをつけた。アカシジアに苦しむ全ての人に幸あれ。