ご来店の優しい英国老紳士と奥様を接客して、思いにふけた日
今日のお客様は欧米人のお二人。
元気なおばぁちゃまと口数の少ないおじいちゃまの御夫婦。
品物をあれこれ手にとっては買い物カゴの中に入れながら来店したおばぁちゃまのお客様に比べて、おじいちゃまのお客様はゆっくりとした足取りで店内へ
最初におばあちゃまのお客様は折り鶴のキーホルダーを買い物カゴの中へ入れました
おばあちゃまは楽しそうに、英語でたくさんおじいちゃまに何かを喋って、また同じキーホルダーをカゴの中へ入れました
バイトな私は、息子さんやお孫さんへのお土産を探しているのかしら?と思ってそれを見ていました
おばあちゃまはキーホルダーを4個カゴに入れ、更に招き猫のキーホルダーを1個入れました
おじいちゃまのお客様がこちらを向いて目で合図をしてきました
お会計の合図だな、と思いバイトは早速カゴを受け取り 手際よく合計金額をお伝えすると、頷いてお札を出そうとするおじいちゃま
おばあちゃまのお客様に比べて、おじいちゃまのお客様は無口のようです
ところが、支払いの途中で、おばあちゃまのお客様が、これもとばかり団扇(うちわ)を持ってきておじいちゃまに見せました
それは金色の背景に浮世絵が描かれた日本らしい団扇でしたが、おじいちゃまのお客様は優しそうな声でゆっくりと いらないと伝えたようでした。
ですがおばあちゃまはそんな言葉はお構い無し
「みてみて、とてもキレイなの。どれもとってもキレイなのよ」というようなことを言っているようでした
おじいちゃまのお客様が頷いたので、ますます嬉しそうな顔で団扇をカゴに入れるおばあちゃま
これでお決まりですか?と一声かけて
バイトはカゴの中の お買い上げの品物の金額を再度計算し始めました
ところが「みてみて、やっぱりこれもいいでしょう?」というようなことをおじいちゃまのお客様に言いながら、おばあちゃまのお客様が団扇を7つほど持ってきました
「いらないよ、そんなにいらない」
「とってもキレイなの、どれも迷っちゃうの、みてみて、きれいでしょ?」
英語でしたが、そういったやりとりだとわかりました
「もう買ったよ、もういらないよ」
「じゃあ、2つだけ買ってもいい?」
渋々頷くおじいちゃま
おばあちゃまのお客様は団扇を2つカゴの中に入れました
バイトは計算を再開します
「ねえ、やっぱりこれもう1つ」陽気な声でおばあちゃまが団扇を持ってきました
「いらないよ、もういらない」何度も断るおじいちゃま
「でもステキだもの、ステキでしょ?」
それを気にしないおばあちゃま
ここではじめて、おばあちゃまのお客様の様子がちょっとおかしいことにバイトは気づきました
女性というより、あどけない少女のような振る舞いなのです。
それに、おじいちゃまのお客様とは話をしているものの、こちらには目もあわせない。
でも無視してるという感じではなくとても買い物を楽しんでいるようでナチュラルなのです
「ステキでしょ?」とおばあちゃまは言って
団扇をカゴに入れました
なのでバイトも、
「こちらもお買い求めですか」とカタコトの英語でおじいちゃまに聞いてみると、申し訳無さそうな顔をして「ごめんなさい、これも」というような返事
するとまたおばあちゃまのお客様が団扇を持ってきて
「ほんとにキレイなの」とカゴに入れようとしました
おじいちゃまのお客様は
とても優しく、ゆっくりと、区切るように
「もういらないんだよ、もう、いいんだ。もう買ったんだよ、買ったから、いらないんだよ、たくさん買ったよ」というように諭します
それでもおばあちゃまのお客様はニコニコしながらカゴに団扇を入れます
思わずバイトも、それらを計算していいのか、おじいちゃまのお客様の顔をみました
彼は一瞬迷ったような目をしましたが、すぐに頷いてくださったので、団扇の値段を追加して計算
するとおばあちゃまのお客様が
「1つ1つ包装してね」と、おじいちゃまに向かって言いました
おじいちゃまのお客様は申し訳無さそうな目をして、バイトに「1つ1つ、包んでもらえますか?」と言いました
お会計を終えて品物を包み始めると、おじいちゃまのお客様が「ラブリー!」と小さく声をあげました。
無口なお客様と思っていましたが、和柄の包装紙や紙袋が気に入ったようです
すると、おばあちゃまのお客様が新たな団扇を持ってきて
「ねえ、みて。ほんとにキレイ」
バイトが包んでいる台の上に置きました。
「もう、いらないんだよ、いらないんだよ。
たくさん買ったからもういらないでしょう?
ほら、あんなに買ったんだよ」
同じような単語を使って、おじいちゃまのお客様がおばあちゃまのお客様に話します
バイトはせっせと団扇を包んでいたので、その声だけを聞いていました。
英語だから詳しくはなんと言っているのかわからないけれど、おじいちゃまのお客様は戸惑いながらも、それでもすごく優しい声で、何度も何度も同じ言葉でゆっくりと諭しているようでした
ああ、そうか。
このおばあちゃまのお客様は少し認知力が弱くて、、つまりいわゆる、少しだけ痴呆症なのだろう
おじいちゃまのお客様がチラチラ申し訳無さそうに、そして恥ずかしそうにバイトを見ます
そんなことは気にせず、明るいワンピースを着て嬉しそうにおじいちゃまのお客様に買ってとねだる おばあちゃまのお客様
まるでお父さんと話す小学生の女の子です。
「・・・これもお願いします」
おじいちゃまのお客様は申し訳無さそうに言って
小銭を追加でレジの上に置きます
気にせずおばあちゃまのお客様が、また1つ団扇を持ってきて「ねえ、ほんとにきれい」を繰り返します
おじいちゃまのお客様は、今度は何も言わず追加の小銭を無言でレジの上に乗せます
そして「これでもういらないよ。
たくさん買ったでしょう?
これでもういらない」
おじいちゃまのお客様の声が聞こえてきます
動くのがゆっくりなおじいちゃまのお客様と、
認知力がゆっくりなおばあちゃまのお客様
お二人で海外旅行に日本を選んでくれたんだなあ
ジーンと心に滲みつつ、もくもくと団扇のラッピングを続けました
それにおじいちゃまの、おばあちゃまへの話し方が優しくて、またまたジーンときました。
プレゼントラッピングをした品物を全て袋に入れて渡すと、おじいちゃまのお客様がバイトに向かって何か言ってきました
めちゃくちゃ英語が早いし、文章が長く流暢だったので理解できず。。
「えーと、、エクスキュズミー?」と聞き返すと
おじいちゃまのお客様は
「私達はイングランドから日本にやってきました。このお土産を受け取って*****帰国します。ありがとう、ありがとう」
(アスタリスク*の部分はバイトが聞き取れなかった英語です)
必要以上にこちらに話しかけてくることなく、無口なお客様でしたが、感謝を表してくださったことがわかりました
それに、おじいちゃまの顔や背格好はシャーロックホームズのように痩せて背が高く、イメージ通りのイギリス紳士。
聞き取れなかった英語もジェントリーで丁寧な挨拶をしてくださったのでしょう
・・・わかっても
うまく英語で返事ができないバイト
「どういたしまして、イギリスからいらしたんですね!」と言うのが精一杯
自分が年老いるのは嫌
自分が認知症になるなんてもっと嫌
だけど歳は重なるもので
将来病気になるかもしれないわけで、
それにもし・・・
少女がスキップするようにぴょんぴょんと動き回るおばあちゃまのお客様と、ゆっくり歩くおじいちゃまのお客様
イギリスから遠い日本まで、二人だけで海外旅行
ちょっとうらやましいと感じつつ頭を下げて見送りました
「thank you so much, Have a nice trip!」
ゆったりと流れる時間の日本旅行を
楽しんでいってくださいね