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移住と生き方を考える Mさん夫妻の場合/沖縄県西表島

沖縄県西表島から、熊本県への移住を考えているというMさん夫妻。妻のくるみさんと、夫のわたるさん。2人の移住には、生活における便利さや仕事上の都合を超えたものさしがあるように思う。
取材:2022年3月
※写真はすべて 提供/Mさん夫妻

夫婦共通のキーワードは、“自然に近い暮らし”

くるみさんは熊本県出身。あの新型コロナウイルスが猛威をふるいだした頃、くるみさんは熊本市でヨガと新体操の講師をしていた。勉強のために計画していたインドへの渡航が白紙となり、「時間が空いたし、行ってみようかな」と選んだ行き先が沖縄県西表島だった。

かねてから興味を持っていた分野でもある無農薬栽培を実践する米農家の元に、WWOOF(ウーフ/農場に労働力を提供する代わりに食事や住居を保証してもらい、それぞれの経験やスキルを通した交流をする、世界のボランティア制度)を活用して滞在することとなったくるみさん。「日が昇って沈んでいく、太陽の道がずーっと見える」。「日によって変わる海の満ち引きと月の満ち欠けを、体感する毎日」。いのちの濃度が高い、というのだろうか。人と自然との距離が近い場所で過ごす時間は、くるみさんの琴線に触れるものであったようだ。「このままここで暮らしたい」。そんな風に思う、くるみさんがいた。

くるみさんが滞在していた米農家が運営するゲストハウスの住み込み管理人をしていたのが、わたるさんだ。わたるさんは埼玉県出身。東京を拠点に働きながら、長期休みを取って海外へバックパックの旅に出るのが、20代の頃からのライフワークだったという。

「働いていると、職場の人以外に会わない。仕事と家の往復だけ」。だからなおのこと、海外で見聞きするもの全てが新鮮だった。アジア、ヨーロッパ、アフリカ北部、オーストラリア、カナダ、南米……。あたりまえのことだが、その地域にはその地域の自然や風土があり、その中に身を置きながら暮らしを営む人がいる。そして、わたるさんと同じような旅人もたくさんいた。

バックパックひとつで旅をするわけだから、便利さや快適さとはほぼ無縁。地元民に交じって働きながら路銀を稼ぎ、天候とにらめっこしながらの道行き。「自然に近い生き方をしている旅人が多いように感じた」というわたるさんの言葉にもうなずける。

「最初は想像もつかなかった」という、世界の人々の暮らし。会社に行って、仕事をして、帰宅する。あたりまえだと思っていたそんな日常からは得られなかった多くの気づきを、わたるさんは旅を重ねるごとに自分の中に少しずつ落とし込んでいった。そして至ったのが、「自分の置かれている環境がすべてではない。世界にはいろいろな人がいる」という結論。2020年、それまでの日常に別れを告げ、わたるさんは沖縄県西表島のゲストハウスの管理人としての人生をスタートさせた。

子どもを授かり、改めて見つめなおした生き方。

2人は出会い、結婚。やがてくるみさんのお腹に新しい命が宿る。再度の移住を真剣に考えだしたのは、この頃から。「西表島で子育てをしている人もたくさんいます。周囲の大人に見守られて、すくすくと育っている子どもたちも見てきた。このまま島で子育てをするという道もあったけれど、身近に頼れる人がいる環境があったほうがいいなと」。

行き先は、くるみさんの実家がある熊本県。わたるさんにとっては、所縁のない土地への移住に抵抗があったのではないかと思って水を向けてみる。すると、熊本県にいる知人を訪ねたことがあり、「いつかは熊本で暮らすのもありだなぁ」と漠然と思っていたのだとか。「食べ物はおいしいし、熊本弁はちょっとわからないけれど、人が温かい。自然の力が強い地域というイメージがありました」。

子育て環境に加えて繰り返し話し合ったのは、自分たちが大切にしたい暮らしは何かということ。自然に近い暮らし、を共通の指針としてきた2人だから、たとえば駅に近いとか、大型商業施設があるとか、割のいい働き口があるといった要素は二の次。「家賃やローンのために働くのは、なんだか違う」というくるみさんに、わたるさんも続ける。「お金で解決する前に、自分の手をかける暮らしをつくり上げていきたい」。

お金は大切だ。しかし、自分たちが何に時間とエネルギーをかけたいのかということを見失ってしまっては、意味がない。お金をかければ解決できるという便利さの向こう側。過剰な消費や、自らを痛めつけるような働き方や、自然環境を顧みない経済活動が厳然としてあることを、2人は知っているのだろう。これから生まれてくる子どもに、どんな景色を見せられるだろうかと考えればなおのこと。自然の循環の一部としての暮らしの在り方を模索していくことに、ブレはなかった。

イメージしたのは、小さな畑を耕しながら、日当たりと風通しのいい家で、自然に囲まれた時間を過ごすこと。考えを重ねた結果、子育て制度の充実度もふまえて夫妻が移住先の候補としたのは、南阿蘇村を含む3市村だった。

お試し移住住宅を長期利用しながら、移住先を探す旅。

候補地を絞った2人の行動は早かった。自家用車2台に荷物を詰め込み、大きなお腹を抱えて、移住先探しの旅へ飛び出してしまったのだ。あまりの行動力に驚いてしまうが、当の本人たちには「大変」という認識も、「急いで移住先を決めなければならない」という焦りもない。ついでに言えば、綿密な計画といったものもほぼないらしい。

移住先を探すなら、「行ってみないと、地域のことはわかならい」。そんなことはあたりまえで、現実には「住んでみないとわからない」ことのほうが多い。ならば、「住みながら考えてしまえ」と、そんなシンプルな思考に基づく行動力。「行政的な制度には、3市村間に大きな差はないように思った」。加えて、インターネット環境があれば仕事ができる、という状況も後押しとなったようだ。

南阿蘇村の“日常”を体感して気づいた、魅力と課題

南阿蘇村野外劇場アスペクタ周辺にて。山桜が咲き始めていた。(写真提供/Mさん夫妻)

くるみさんの仕事がひと段落ついた2月下旬に西表島を出発し、最初の滞在先となったのは南阿蘇村。住人のひとりとしてその時期を振り返ってみると、真冬なみに冷え込みの厳しい日も、春を通り越したような暑いくらいの日差しにびっくりする日もあった時期。人も動植物たちも息をひそめるようにしんと静まりかえっていた冬から、少しずつ鼓動を取り戻していくかのような変化の季節。大きな時間の流れを感じられるという意味でも、長期滞在のメリットは大きいように思える。

住まい探しでは、村の空き家バンクを活用して数ヵ所を内見。「新築よりも空き家(古民家)を活用したい」というのが、2人に共通する考え。「昔ながらの家には、その地域ならではの工夫が見て取れるように思います。新築より、その地域の循環に寄り添える古民家が理想」。

インターネットで写真やデータを見るだけでは気づけなかった、日当たりや周辺環境等を確認できたことは収穫。しかし、ここぞという家には出会えなかった。「空き家バンクのサイトに登録されている家が少ないなぁとは思っていたんです。お試し移住住宅の近所の方から、空き家はあっても活用に至らない現実があることを伺ったので、持ち主の人と直接お話できるチャンスがあればとは思っていたのですが、そこまではできませんでした。とはいえ1ヵ月で見つかればラッキーくらいに思っていたので、見つからなくてあたりまえですね」。

この先の旅も踏まえつつ、じっくり探していくつもりだと話してくれた。

白川水源で水を汲む、わたるさん。(写真提供/Mさん夫妻)

村の魅力という点で、特に水を挙げたのはわたるさん。わたるさんは、東日本大震災のニュースを旅先のオーストラリアで知った際に、水について考えるようになったと言う。「いま、普通に水のある暮らしをしているけれど……」。あたりまえに享受していたものが、いのちを育む大切な力であること。そう気づいてから、わたるさんの水に対する意識は変わっていった。その点、南阿蘇村は火山と草原の恵みの象徴である水源を多く有する場所。滞在中は水源の水を汲んで活用することも多かったと話す。

写真上/白水地区で行われた野焼きを見学。(写真提供/Mさん夫妻)

地域行事に関しては、集落で行われたパークゴルフ大会と野焼き(2月下旬から3月にかけて行われる、放牧地としての草原や景観などを守るための地域行事)に参加。特に野焼きでは、地元民が火入れする様子を間近で見学。「貴重な体験になりました」と、その様子を思い出して興奮気味。地域住民の輪に交じって、時間を共有することでしか得られない大切な学びがある。そして、2人の地域に対する真摯な姿勢があってこそ、住民の人たちも快くその輪に迎えてくれたのだろうと思う。

仕事環境としては、「家ではやる気が出ないタイプ」というくるみさん。お試し移住住宅にWi-Fiが整備されているものの、あえて外に仕事環境を探しに出かけていたそう。村内にコワーキングスペースを見つけられず、車で30分ほどの距離にあるファミリーレストランにパソコンを持ち込んで作業していたとのこと。仕事をしながら長期滞在をしたいという方向けに、受け入れ側として活用できる施設を整備することや、その周知などが必要になってきそうだ。

ちなみに移住後の仕事に関しては、「ご縁で」との回答。暮らしの中での地域との交流から生まれる仕事があれば、というとことん現場目線の考え方。これまでの経験から農業に関わることを仕事にしたい、とも話してくれた。

滞在中の移動は自家用車。「どこにどんなお店があるのか、どのくらいの距離感なのかは、暮らしてみないとわかないことだから、とても参考になりました」。その中で、「村の生活には車が必須」という現実も実感することに。「年を重ねていった先の暮らしのことも、今から考えておかないと」。移住を考える際の検討事項として、見落としがちな要素について考えるきっかけにもなったようだ。

自分の中に、“生き方”という軸を持って。

自分たちの目指す生き方を考えて、実現できる場所を自分たちの足で探せばいい。気持ちのよいほどに直球勝負な、それが2人のスタンス。「当たって砕けろ、くらいの勢いで(笑)」。ものごとを深い部分で考えて、行動に移す。行動しながら、常に考える。その繰り返しが、2人の人生を豊かに彩ってきたのだと、腑に落ちる思いがした。“生き方”という軸を持って、どこまでも軽やかに旅路を行く2人がいる。

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