穀雨 第十六候 葭始生
仄暗くどこか冷たく、土の匂いがする夏の山の中のようなお天気だった前の週からうって変わって、強い陽射しに連日気温は三十六度を超える日が、二十五日日曜日まで、連日続きました。
おかげで、乾いた夏の季節とは思えないほど、雨をたっぷり含んだ土からはみるまに草が育ち、庭師氏も草刈りが間に合わないほど。葭始生 (あしはじめてしょうず)」は、 四月二十日から二十四日頃まで。まるで、ぴったりな間合いです。
タイに暮らしていると、コンドミニアムや高速道路の亀裂からさえ菩提樹が生え、少し怠ければ、庭はあっという間に薮になり、鳥か小動物が運んできたのかパパイヤが勝手に生えてきますし、人のいなくなった家は、蔓草に覆われその湿気に朽ちてゆきます。
そんな植物たちの旺盛なさまを目の当たりにすると、人がこの勢いに勝つことなど到底できない。人は緑の狭間に間借りして暮らしているのだ。という思いがしますが、今の乾きの季節から水の季節へと移る時期の雨には一層そんな思いが強くなる気がします。
この旺盛な緑の横溢の中、一際眩ゆいのが、黄色の大きな花房を梢からいくつもしたたらせる、タイの国花でもあるラーチャプルック(ナンバンサイカチ)の木です。
強い日ざしに透けて輝くレモンイエローの花は、まるで光の瓔珞。風に花弁が舞い散るさまは、桜吹雪をより華麗にしたよう。ほの暗かった一週間の後の、光の週を体現したかという晴れやかな姿をしています。
この暑季には、さまざまな黄色の花が咲きますが、この花の黄色は特別。
鈍色の曇天の中でも明るく見える不思議な色合いをしていて、嵐が来る前の、黄昏が急にやってきたかのような暗さの中でも、強風に揺れながら微光を放っているように見えるさまはどこか霊的でさえあります。
人や人が作ったものなど他愛なく呑み込んでしまうこの国の植物には、言葉こそ語らないけれど、とても強い意志が秘められているのではないかとふと感じる印象を一層深めさせるものがあり、その光の気配を帯びた様子がとても気に入っています。
これから徐々に季節は雨季へと向かい、午後や夕方の雨や嵐が増える時分になりますが、あの分厚い鉛か薄墨のような暗がりと肌にアルコールを塗ったような肌触りの冷気を帯びた風の中、ゆらりと光の房を靡かせるこの花の木の姿がみられる嵐の日が心待ちになるこの頃です。