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AIと一緒に小説を書きました①
これの続き、本当はもっと執筆過程についての記事を増やしても良かったのですが、クッソ地味な校正作業が延々と続くので省略して、本文を掲載していきます。
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20世紀後半からの急激な科学技術の進歩により、21世紀末に遂に人類は、他星系へ進出するプロジェクトの第一歩を踏み出す事となった。
その第一弾である移民宇宙船"UNIVERSE 2100"は、2100年にケプラー22bへ向けて地球を出発し、500年程度経過した現在でも "UNIVERSE2100" は滞り無く運行を続けている。
これは"UNIVERSE2100"で生まれ育った、とある搭乗員のちょっとした心境の変化についての記録である。
「エリスばあさん、歳なのにまた無茶をしたのか。これで今年何件目だ?」
俺は溜息混じりで、担架で運ばれて来た一目では人間とは区別がつかないロボットにぼやいた。
おそらく金属疲労だろうか、人工皮膚の外側から見ても、右足首が不自然な膨らみ方をしており、修理箇所は一目瞭然だった。
「わたしゃまだばあさんなんて呼ばれる歳じゃないわよ」
製造から80年経過しているし、充分にばあさんだろうと心の中で反駁するが、外見は若々しい女性なので、一応抗議は受け入れておく。
「そら悪かったよ、エリスばあさん」
微笑のまま静かに怒ったエリスからグーパンが飛んできて俺の肩に当たった。結構痛い。
こんなやり取りも今年何度目か分からない。
「冗談はよして早く治して頂戴」
「今やってんじゃん」
メスで右足首周辺の人工皮膚を切開し、破損したパーツを交換していく。
まだこの仕事、ロボットエンジニアに就いて2年目だが手慣れてきた作業だ。
このままキャリアを積めばもっと上のステップの仕事、例えばロボットの設計や開発を任せて貰えるようになるだろう。
とは言え、このロボットの修理の仕事というのも中々面白くもある。
ロボットには各々個性というものがあり、それは見てて飽きないものなのだ。
それがプログラムされたものに過ぎなくても、だ。
このエリスは端正な見た目とは裏腹に、宇宙船外壁修理のスペシャリストだ。
巨大な建材を一人で運搬し、施工するピーキーな性能を持つ。
が、それ故に事故もそれなりに多い。
もっと、エリスのような宇宙船外壁の修理を担当するロボットを増やすべきなのだろうが、船内のリソースが不足していて、おいそれと増やす事が出来ない状況だ。
そして人間はそんな危険な作業には従事させてもらえる事は無い。仮に志願者がいたとしてもだ。
そんな取り留めもない事を考えながら修理作業をこなしていたら、俺の手は勝手に動いていて修理を完了させていた。
「ほらいっちょ上がりだ。もう無茶すんなよ。エリスばあさん。」
「だからばあさんはやめろと言ってるでしょうが。でもありがとう。」
お礼のグーパンを俺の背中にお見舞いしながら、彼女は去っていった。
今日の業務はこれで終わりかな、と、ちらりと時計を見ながら俺も帰る支度を始めた。
工業地区にある職場から歩いて、帰宅ルートから少し外れて中心街へ向かった。
家の方向へ向かうとエリスの後ろ姿を見かけたので、何だかバツが悪い感じがしたのだ。
彼女に内蔵されているのは所詮プログラムなのだから、気にしなくて良いのかもしれないが…
そういった事情なので、中心街に特に用事があるという訳では無い。
ふらふらとさまよって、辿り着いたのは1軒の古本屋だ。
移民宇宙船内で発行される書籍の大半は電子書籍だが、権力者によって書き換えられない事や、無電源で読める事などのアナーキーな理由。または、単なる所有欲を満たす目的や、
電子書籍とは違った手触りや質感などの健全な理由からも一定の支持を得ていた。
俺は電子書籍しか読んだことが無いが、たまには安い古本をジャケ買いしてみるのも良いかもしれない。
ワゴンセールで安売りされていた本の中から、一際目立つ装丁の本を抜き出し、表題も見ずにレジに持って行った。
「 "因果的決定論と自由意志 ――ラゴス実験の意義と問題点"
著者名: チュクウエメカ・ンナムディ
古典力学によれば、世界のある時点の状態と物理法則が与えられれば、それ以後の未来の経過がただ1つに定まる。これが因果的決定論である。
だがそれを認めるとき、我々が複数のありえる未来から、その一つを選択しているという経験、あるいは、その経験を説明するように見える自由意志が錯覚に過ぎない、という結論が導かれる。
物理学は宇宙が決定論的であることを解明しており、人間の心や脳もその例外ではない。だから、自由意志は存在しない、という学説がある。
このような学説が、2068年にラゴスで行われた脳とコンピュータの融合実験(通称ラゴス実験)の成功により、再び脚光を浴びた。
ラゴス実験とは、様々な年齢層(20歳から60歳まで)と国籍を持つ20名の被験者の脳を、徐々にコンピュータに置き換えるという試みであった。
これは、古代ギリシャのパラドックス「テセウスの船」を人間の意識に適用する、という野心的な目標を持っていた。
テセウスの船のパラドックスとは、船の全ての部品を新しいものに交換した場合、それがもとの船であると言えるかという問いである。
この実験では、人間の脳を完全にコンピュータに置き換えた場合、その人間は元の人間と同一と見なせるのかという問いを投げかけたのだ。
このような挑戦的な試みは、人間の尊厳についての新たな議論を引き起こし、それ自体が倫理的な問題となっている。この問題については、現在でも意見が分かれている。
置換操作は30ヶ月のうちに10回に分けて行われ、30ヶ月後には完全にコンピュータに置き換わるというものだ。
被験者は全員、自分の意識や自我が連続して存在し続けていると感じ、これにより、人間の脳はコンピュータに置換可能であるという結論が得られた。
ラゴス実験では、脳とコンピュータの境界を曖昧にし、コンピュータが人間の思考をコピーし、更には模倣することに成功した。
それはまさに、人間の精神が物理的なメカニズムであり、それにより完全に予測可能であることを証明したかのようだった。
ただし、これはまた別の問題を提起する。
もし人間の精神が完全に物理的なメカニズムで説明可能であるなら、それは「人間」の定義自体を根底から揺さぶることになる。
そして、それは"自由意志"が我々の日常生活で果たす役割に対する新たな疑問を提起するのだ。
我々は自由に行動し、選択をする能力を持っていると感じている。
しかし、それが全て物理的な過程によるものであるとしたら、それは本当に「自由」なのだろうか?」
ジョンは本をやや乱暴にぱたりと閉じて、内容を反芻した。
この本は出版から500年が経過しようとしており、おそらく地球製のアンティークだ。
そのため、もっと大切に扱うべきなのだが、
この本に書かれていた内容は刺激的だった。
俺もロボットやAIと同じようにプログラムで動いているというのだろうか…?
試しにラゴス実験をネットで調べてみても、そのような情報はヒットしなかった。
宇宙船の管理システムによって隠蔽された可能性もあるし、この本の内容が虚偽である可能性もあるが、真相は分からない。
「おい聞いたか?ジョン。俺には自由意志が存在しないんだってよ。」
自室の鏡の中の、少し情けない顔をした自分に向かって話しかけてみた。これも脳のプログラムのなせる業だというのか?
テーブルの上のグラスに少量残されていたコニャックを一気に煽り、それまで座っていたソファから立ち上がり、ベッドにダイブした。
枕に顔を埋めて、この本を気軽に買った事を少し後悔していた。
まさかこんな哲学的な迷路に迷い込む事になるとは思っていなかったのだ。
一気に煽ったコニャックによって少し思考が混濁した頭で、自由意志について考えた。
この短い人生の中で、こんな俺にも大なり小なりいくつかの選択肢が立ちはだかったが、全て自分の自由な意思で選択してきたはずだ。
大学を卒業してからロボットエンジニアになった事も、
今日、中心街の古本屋でワゴンセールで売られていたこの本を、値段が安いという理由で運試しのつもりで購入した事も…
今日はこれについて考えるのをやめにして寝てしまおう…
寝て何かが解決する訳では無いが、脳のプログラムは睡眠を欲している。
明日と明後日は休日だが、だからと言って夜更かしして翌朝寝坊するのは勿体ない。
俺がベッドに入るとアライ(家事を全般的に支援するAI)が部屋の照明を暗くした。アライは静かに俺の安眠を見守り、次の日の準備を進めている。
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続きます。