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2021年6月の日記~ガザ地区の市民は東京五輪どころではない号~

6月*日
姫路で次世代のお寺の在り方を検討するプロジェクトに携わっている関係で、お寺の新しい試みを視察することが続いている。その一環で、三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺に泊まった。京都の四条河原町にあるこのホテルは、檀家が減り、生き残りをかけた浄教寺が三井ガーデンホテルに声をかけ2020年に開業したもので、1階に本堂とロビーがあり2階からが客室になっている。
エントランスを入るとお寺でよく嗅ぐお線香の匂いに近いお香がかおる。フロントの女性などは、勤務アフターのデートが大変だろうと思うほどだ。朝6:40にロビーに集合し、本堂でお勤めに参加した。住職が「全国には7万7千とも8千とも言われるお寺があり、そのほぼすべてが朝のお勤めをされています。本山のような大きなお寺は真ん中に最も徳の高い住職がおられ、その周りに5人も6人も住職がいてお経をあげますが、ほとんどのお寺は私のように、ひとりでお勤めをします。私どもも以前はそうでしたが、こういう形になり、皆様のような方を毎朝迎え、一緒にお勤めができるようになりました。人の多い少ないで価値が決まるものでは決してありませんが、やはり一緒にお勤めしていただく皆さんのような方がいらっしゃると、何倍もお勤めが意義深いように感じられてくるのも事実です。本日はご苦労様でした」とおっしゃり、心に残った。

6月*日
「実務はもうそこまでやらなくても」と言われることもあるが、いつまでも現役のメディア編集者でいたいと思い、手を挙げて興味のあるテーマの編集は続けている。そんな中で、コンテンツの企画案出しを会社の若手メンバーや外部の若手ライターに頼むこともあるが、ちょっと気になることがある。案として、ネット検索の結果を切り張りしたようなものが数多く出てくることだ。
ググればなんでも出てくる時代、記事企画もそれでいいのかもしれないが、46歳の自分は「取材対象者は初出でなんぼ、ネタは足で稼いでなんぼ」と学んできた。競合するメディアの類似企画など、死んでもやるものかと思って、考え続けてきた。
ある晩、お気に入りのラジオ番組「東京ポッド許可局」を聞いていると、プチ鹿島さんが、最近の芸人同士の仲良しアピールが気になるという話から、「結局、芸人とはどういうサービスを提供する人か、と言う問題で、自分は古いのだろうと思う」と言っていた。自分が気になっていることも、構造的には同じなのかもしれない。

6月*日
長男が中2になり、最近は休みに家族で出かけることが減った。けれどもキャンプは別だ。今年の初キャンプに、道志村の行きつけキャンプ場へ出かけた。ここのサイトは高低差を利用し区画がほぼすべて独立しており、密度はゼロ。久しぶりにマスクを取って外で長時間過ごした。
醍醐味は焚火に尽きる。夕方のまだ日が明るいうちから、いそいそと焚き木を広い集め、火を灯し始める。何を話すこともないが、焚火番を家族4人で交代につとめ、火の回りに座っているだけで気持ちがいい。腹が減ったら、食べたい人が作って、皆におすそ分けしてつまむ。以前はバーベキューをしていたが、その時代は過ぎ去り、できるだけ少ない装備で、焚火をしに行くキャンプになった。会話は少ないが、対話はある。焚火がそれを仲介してくれる、実に楽しい時間だ。

6月*日
「キャラクター」という映画が公開された。エンドロールに妹の名前がクレジットされている。W主演のひとり、「SEKAI NO OWARI」のボーカル・Fukaseさんの演技指導を1年以上続けてきたからだ。「アクティングコーチ」という耳慣れない仕事だが、プロの俳優の演技指導をする仕事らしい。妹曰く「例えば五輪に出るような一流のアスリートにもコーチがつくでしょ。能力が突出している人でも、例えば競技会にコンディションを合わせることとか、さらなる能力開発に向けた練習は、ひとりでは限界がある。俳優も同じで、多くのプロの仕事はそうなのだと思う」だそうだ。確かに、経営者にもエグゼクティブコーチがつくケースが日本でも増えてきた。欧米はかなり前からそういった慣習がある。
日本でメンターと言うと、部課長が新人や中堅の面倒を見る、という構図が思い描かれやすいが、上級職になるほど、「自分のことは自分でできて当然」とみなされ、本人もそういうものだと思いやすい。そんな思い込みが、自分でも想像できていなかった能力発揮を阻んでいるとしたら、確かに残念だ。

6月*日
出版社・ホンブロックの月例会議。メンバーの6人で、あれやこれやと話した。出版社なので、やはりできるだけ本を売りたい。買って、読んでほしい。いい本だという自負もある。なので話題も、マーケティング寄りの話になることが多い。
最近感じるのは、販促をするタイミングが早くなっていること。書籍でいえば、発売日を起点にPRをして売っていた時代から、発売日までにいかに売り上げを確定させるかの時代になってきたと思う。理由はもちろん、インターネットやSNSで情報を伝える手段が多様化したいことだ。
例えば人気アーティストのコンサートチケットなどは、発売前にほぼ完売している。完売枠を目指して人は行列したり、朝からネットにしがみついたりする。マンションなんかもそうだ。建つ前に「全戸完売」の横断幕が掲げられる。だからそういう売れ方をするものは、これまでのいくつもあった。その流れが、書籍もそうだが、日用品などにも来ていると思う。最近の例でいえば、ビール会社のアサヒが出した「泡が吹きこぼれるビール」が即完売で販売中止になった。それがニュースになり、さらに話題を膨らませた。あれなどは、予想外でもなんでもなく「シメシメ」なのだ。発売前に、マーケティング戦略で初回出荷量を全缶売り切ったということになる。
本の場合も、わざと初版を少なく刷って「即重版決定」みたいな仕込みをすることがある(うちはできないけど)。あれなども、考え方の構造は同じだ。「今回の新刊、出荷前に全数売れました」って、ホンブロックでもいつか言い合いたい。

6月*日
少額ながら支援をしている「パレスチナ子どもキャンペーン」のオンライン報告会に出席した。「先日の爆撃がガザ地区の暮らしにどんな影響を与えているか」が主に語られた。振り返れば11日間の爆撃期間だったらしいが(もっと長かった印象があった)、わずか11日間とは言えないほど、市民生活にはダメージがあったという。「爆撃を受けている間、イスラエルに住む市民は基本的にシェルターに避難します。一方、ガザ地区に住む市民は自宅でひたすら祈ります。そこが大きな違いですね」という言葉が印象的だった。
会の終わりに参加者が質問できる機会があるので、「ガザ地区の市民にとって東京五輪はどんな位置付けか?」と聞いてみた。「残念ながら話題に出ることはほとんどないですね。衛生用品が十分ではない中でのコロナに先日の爆撃と、困難が続く中で暮らしを立て直すのに精一杯ですから」。対岸の火事ではなく、日本にも同じ気持ちの人がたくさんいるだろう。保身と欲にまみれた菅総理に聞かせたい。