2023年7月の日記~「名優たちの演技で大盛り上がり」号~
7月*日
昨年の11月以来、久しぶりに石見銀山にある他郷阿部家を訪ねた。
約半年で2回なのでこれが「久しぶり」なのかどうか微妙なところだけれど、久しぶりと思うということは、ここが第二の故郷化していることの証であり、他郷(もうひとつの故郷の意味)戦略にはまっているとも言える。
朝、散歩していると、中村ブレイズの中村さんに出会った。中村ブレイズは義肢装具製作の日本のトップ企業で、メディアにも度々取り上げられているので、ご存じの方も多いと思うが、本社が石見銀山にある。
中村さんご自身は、身体を悪くされ現在は会長職に退かれたが、仏様のような顔をして散歩されているので、もはや生きているのか死んでいるのか分からないくらいだった。
印象的だったのは、散歩を引率してくれた群言堂の若社長・松場忠さんが、深く腰を折りご挨拶されていたこと。石見銀山が今もこうやって人々の注目を集め、元気であるのは、中村さんが長く私財を町に投じ続けたからだということを、町の人はみな知っている。
その土台があって、今、若い人たちが石見銀山をさらに盛り上げている。
「老いてかくあるべき」を見せつけられたような気がするし、私財を投資できる先があるというのもまた、幸せなことだと思った。
7月*日
1兆円企業の社長対談の聞き手、という仕事をした。
正直に言うとめちゃめちゃイヤで、ぎりぎりまでより適任者がいないかと考え続けたが、思い付かないまま当日を迎えた。依頼当初は、10人以上の関係者が見守ると聞いていた。広報部や経営企画室が熟慮を重ねた想定問答集も手渡されたが、ぼくの経験的にそこまでの会社の社長は当日まで、まず読んでいない。
前夜などは、「人が一人も死なない大地震とか、そのビルだけが水没するゲリラ豪雨とかで延期にならないか」と願ったのだが、そうなったところで延期になるだけで気苦労の先延ばしに過ぎないので、と気を取り直す。だったら引き受けなければいいじゃないかとも思うのだが、時にそう言った極度の緊張を伴う仕事をしておくことが大事だと思っているので目を瞑って引き受けた。
あれはまだ20代の頃。若いだけがウリだったぼくに、明らかな過期待を抱く某雑誌の編集長が「起業家列伝」的な連載の執筆依頼をしてきたことがあった。当初は「断るのが怖い」という理由ですべて引き受けていたのだが、事件はワタミの社長・渡邊美樹さんの取材現場で起こった。
何回かの取材を重ね、少し自信も出てきた頃だったのだろう。当時のぼくは、いい原稿を書きたくて、取材前に完成原稿のイメージを膨らませ過ぎるところがあった(のだと思う)。当日、渡邊社長に「キミの質問は誘導尋問に近い。言ってほしい答えがあるのなら、先にそれを言いなさい。言わせたい答えを腹に持って人の話を聞く行為は、良きインタビュアーの態度ではない」とこっぴどく怒られた。
ぼくはそれ以来、そのことを忘れたことは無いし、わざわざ怒ってくれた渡邊社長へのリスペクトを失ったこともない。
緊張を伴う場では、自分の弱さやダメな部分が現れがちだと思う。だからこそ、そういう機会が大事だと思って今に至る。
7月*日
出張の道中、気が付いたら白シャツに珈琲がこぼれていた。
やってしまった、と思ったが、まだ珈琲は飲んでいない。犯人は、先ほど買った、蓋がしまり切っていないカップコーヒーだった。よくあるチェーンストアの、よくあるアメリカン。
コンビニでセルフタイプを購入した時には、入念過ぎるほどに蓋の確認をするのだが、店売りの場合は、つい店員さんを信じてしまう。すでにショップは離れており、誰に文句が言えるわけでもないので、ひとりモヤモヤしてしまう。
確かに、自分の目で再確認すべきだったと思う。だが、カップの蓋をきちんとしめたものが商品なのではないか、とも思う。仮に、自販機で購入したジュースのプルトップが微妙にあいていたら、どうなるだろうか。
そして、このモヤモヤは初めてではない。頻回に珈琲を買うタイプではあるのだが、事故を未然に防いだケースも含めると、結構な経験がある。そう考えると、このモヤモヤは日本全国でほぼ毎日誰かに起こっているものだと思われる。「分かる!」と多くの支持を得られるのではないかと、思うのだが。
7月*日
東京都私立幼稚園連合会という団体からの依頼で、WEB CMを作っている。
「ポリンキー」のCMのようなテンポがいいものにしたい、と言われて、メッセージを固めた後、曲作りをすることになった。依頼した作曲家が、作詞と並行して、次々と曲を作っていく。あれこれ言い合いながら、「幼稚園のお遊戯会風」「スローテンポなあったか系」「東京らしいスタイリッシュなもの」「ダンスミュージック風」の4曲ができた。どれも大変出来が良く、提案した際は、園長先生と「お遊戯会風か、ダンス風のどっちかやな!」などと盛り上がり、持ち帰り協議していただくこととなった。
数日後、「スタイリッシュで決まった」と連絡があった。まずは決めてもらえたことに一安心である。そして気になるので「決め手は何でしたか?」と聞いてみた。すると「曲が始まっていち早く“幼稚園”っていう歌詞が出てくるから」というのが答えだった。
嘘をつくのもいやなので、そのまま作曲家に伝えると、「あー」と言っていた。気持ちはよく分かる。
依頼されたモノづくりって、「あー」の山を乗り越えた先にあると思う。時に「あー」に負けてしまいそうになるけれど、そこで折れてはプロではない。今、作曲家は、「スタイリッシュ」のアレンジに精魂を捧げている。
7月*日
長く準備をしてきたマネージャー向けの研修「Theater」のゲネプロ日を迎えた。「Theater」は自己理解と他社理解を学ぶもので、演劇的なメソッドを取り入れているところが特徴だ。
会場は、住友商事さんが大手町に持つ「MIRAI LAB PALETTE」。朝から事前に自宅に届いた台本を読み込んだ24人が集まった。
最初は「演技は初めてなので…」と躊躇していた参加者も、妹であり研修パートナーでもあること葉ちゃんの指導で、徐々に演じる面白さに気付いていく。そしていよいよ本番。4人1組6チームに分かれたメンバーが、チーム別練習を通して築き上げたお芝居を、みんなの前で披露した。
配役は、事前に行った行動スタイル分析ツール(DiSCというもの)で出た結果をもとに、自分とは違うタイプの人格の役が割り当てられる。いつもは場を主導するようなタイプの人は、フォロワー役に配され、理論的に話を進めがちなタイプの人は、パッションで語るセリフが多い役に配される。つまり、演劇を通じて、普段の自分とは違った自分に出会うわけというわけ。幼児期のお遊戯会のように「役を演じよう」とすると、こと葉ちゃんから「役を生きてください」と容赦ない指導が入る。
凝り固まった「自分らしさ」とお別れをしてもらうことで、他者理解を深め、より受容できる自分を創り上げてもらう、というのが狙いなのだけれど、まずは好評でした。
(修正中の動画をちょこっと先だし)
7月*日
友人の会社が東急田園都市線・駒澤大学の駅前に大きな商業施設をつくるということで、話を聞きに行った。建物の老朽化を含め、さまざまな要因が重なり今の建物を壊すしかなく、その後に「こういうモノを建てるんです」と見せられたパースは、それは煌びやかなものだった。
けれど一方で、「これをこのまま考えなしに建てたら、うちの会社は終わりだと思うんです」とも言う。確かに、わざわざお買い物に人が来る場所ではないので(3駅隣は渋谷だし)、地元の人に愛される施設にしないと、負の遺産になり兼ねない。という意味でも、開業までの2年間に、いかに街の人に受け入れてもらうか。もっといえば楽しみにしてもらうかが勝負だ。
「ちょっと手伝ってもらえないか?」と聞かれたので、「できることはするよ」と言って帰ってきた。