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1995 ネパール -9-
もし私にとっての宮沢りえがチトワン国立公園の宿に貴重品を置き忘れていなければ、宮沢りえと同じバスでポカラに向かっていたとは言え、私はチトワンで知り合った俺のキムタクとポカラで再会を果たすため、宮沢りえとはバス停で別れたはずだ。
彼女が貴重品を忘れたことがきっかけとなり、私を通じて宮沢りえとキムタクの接点が生まれた結果、彼らの人生は大きく変わることになる。
その二人に偶然関わる事となった私は、運命のイタズラという使い古された言葉の見本を目の当たりにする。
ドアをノックして部屋に入ってきたキムタクに私は問いかけた。
で、相談ってどんな?
いや、その、彼女が何を言っているか分からないんだ。。
。。。まあ、ね。彼女英語話せないしね。
相談と言うのは通訳依頼だった。なので、軽い気持ちで引き受けた。
が、単なる一言二言の通訳では最早終わらない内容に発展してゆく。
宮沢りえはキムタクにゾッコンで、猛烈なラブコールを送っていた。
かたやキムタクはややビビり気味。
イケメンのキムタクはドが付く真面目な男で気は優しく、屈強な山男でありながら愛嬌のある好青年。恐らくは童貞だったのだろう。
こいつオイシイなぁ、オレの宮沢りえに惚れられるなんて。と内心妬みつつ、宮沢りえの相談内容を聞いてはキムタクに伝え、それに対するキムタクの回答を、宮沢りえに伝える事を繰り返すハメに陥った。
目の前に二人が居てその場で通訳することは無く、私の部屋に入れ代わり立ち代わり二人が交互に出入りするため、私の時間はスッカリ彼らに専有されたのだ。
恋は盲目だ、と。まさにその通り。私の都合など、眼中にない。私は次第にストレスを感じるようになるが、二人はもう留まることを知らない。無意識に早く話がまとまることを願っていたに違いない。
元々謂わば伝書鳩だったハズの私は、話が次第にエスカレートして行くに従い、単なる通訳ではなく、双方の恋愛カウンセリングを始めるようになり、何時しか鳩からキューピットへと役柄が変更となった。結局、翼が生えていることに変わりは無いのだが。
キューピット役を務めて数日が経過したある夜、隣の部屋がうるさくて目が覚めたのだが、一連の恋愛相談に対する二人からの結果報告であった。宮沢りえは私の隣の部屋に泊まっていた。
うわぁ、スゲーな。。てか、声デカ!
漏れ聞こえる宮沢りえの声に私の本能は揺さぶられ、さすがに耐えきれず自家発電を始めたのは言うまでもない。
翌日、このホテルをチェックアウトして、他の宿で過ごす事にした。
もう、二度とあの二人の色恋沙汰の通訳は勘弁ダナ。。
二人に挨拶はせず、静かに役を降りさせてもらうも、宮沢りえとキムタクがこの先どうやって意思疎通をするのか、幸運を祈りつつも不安が勝っていた。
その二人に再会する事は無いと、その時は思っていた。