7/5 —- Note 久しぶり😅
ただいま深夜1:56。最近深夜12時前になると、脳が活性化してきて寝れないという生活習慣が身についている。なので今日も今深夜2時なのだが、そんなに眠くない・・・先程まで明日の免許試験に向けて勉強をしていた。流石に2度目は落ちられない笑
最近何度かNoteを書こうとチャレンジするのだが、なかなか進まず、睡眠時間なくなるからといって書けていなかった。しかし、言い訳していたら永遠に書かないっていうことと、どうせ深夜まで寝れないことに気づき書くことにしました。
さて、今日はなぜだがアメリカの大学受験用に書いた(今年の1月かなぁ)エッセイが出てきて、久しぶりに読み返していた。改めて満足の仕上がりのエッセイを眺めて気持ちよくなりながら、19年間の人生を振り返って感慨深い気持ちになった。
んまぁでも一言で振り返ると本当に苦しかったし、大変だった。今でもあの時の苦しさ、寂しさ、辛さとは逃げていると思う。
僕は最近母のことをフジコ・フレミングだと思って接しているのだが、本当にフジコフレミングみたいな人。自分の中に強い信念があって、それは絶対に曲げない。その信念は死んでも貫き通す。その信念の一つがマクロビオティックだった。そんな母の強い信念に対して小学生の僕は何も反抗できなかったし、批判するという考えすら芽生えてこなかった。マクロビオティックに無理やりさせられ、幼稚園の頃から、「ダン君はこれ食べれないよね」、と食べたいものは目の前から取り去られた。忘年会に行っても、美味しそうと思ったものは、母のマクロビ方針で食べることができない。
何よりも辛かったのは、食べたいものが食べれないということではなく、それにより「暖はお肉食べれないよね」と周りの友達と、周りの親から言われる瞬間だった。彼らも悪気で言ってるわけではないけれど、その言葉を聞くたびに僕と彼らを繋ぐ糸がプツッと切られる感覚に襲われた。
小一からホームステイに送り込まれた
振り返ると、僕は幼少期から人との「繋がり」求めてきたのではないか。だからこそ、ISAKに入学し、出会った初めて心から繋がりを感じられた人達から僕は離れられないのではないかとも思う。
僕にとってすごく大切な人達だし、彼らと離れることを僕の心の底は恐れているのではないか。と、ロンドンの大学に9月から来年の冬まで帰ってこないで頑張ろうと決めた3日前、強く心がざわめきはじめて思った。
ISAK時代に出会った友達、先輩の前では、いつも素の自分でいられ、受け止めてもらうことができた。ISAK時代は、自分の心から出たやりたいという気持ちを殺すことはなく、すべて生かすことができた。12歳、15歳までの人生を振り返ったら、本当に幸せな環境にいたと思う。
ISAKのDan同様に、LondonのDanも作りたい。大変だと思うけど、その大変な道のりの一歩ずつを味わい、変化していく自分を見れることを楽しむ3年間にしたいなぁ。
とりあえず今日はここまで。Noteを書いたことで、グチャグチャだけど最近考えてたことが、まとまった気がする。
エッセイ、以下に添付しておきました。日本語はChat Gptに翻訳してもらったのを編集していたのだが、どうも翻訳は今日には完成しなそうなので、今後完成していこうと思いまーす。なので、日本語のクオリティはあまり期待しないでください笑 でも日本語を読んだ僕の祖母も感動してたから、まぁ酷くはない?英語で読めるなら英語で!!!
2:24 !!!! おやすみぃ
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