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新しい世界①
私は今新卒で入って3年間働いた会社をやめようとしている。私はなにがしたいんだろう。
ふと立ち止まり過去を振り返った。
みなさんもよく小さい頃将来の夢やなりたい職業を聞かれただろう。
私は小学校の時、なにかなりたいものが具体的に頭に浮かんでいた訳ではなかった。
4年か5年生時、文集に将来の夢を書かないといかなくてどうしようか迷っていたら、友人が一緒にパン屋さん開きたい!文集にも書こうと言ってきた。その時私は嬉しくて、友人と一緒にパン屋さんの名前まで考えて文集に書いたのだ。
真面目ではあったので中学、高校と順調に進んでは行ったものの、その時私は将来の夢や大学の進路をどうするかは何も考えていなかった。何も考えていなかったというよりも
「何となしに目の前のことをしていたら何とかなるか」と思って先を見ていなかった、という方が正しいかもしれない。
そんな中で私が夢中になったものがあった。
それは「吹奏楽」だった。
中学生の時、なにか部活に入らなければ、
ということで運動音痴の私は、文化系の部活に絞っていた。この学校にあったのは、
美術部と吹奏楽部。パン屋さんを開きたいと言っていた友人(これ以降Aちゃんと表記)と両方の部活見学に行った。
Aちゃんとは小学校の休み時間の一緒に自由帳に絵を描いていたため、美術部も魅力だった。
しかし、吹奏楽部の演奏を聞いて感動したのだ。その地域の中でも割と上手いと有名な学校だというのは入ってから知ったのだが、
先輩たちの演奏を聞いて吹奏楽部に入ると2人で決めたのだ。
絵はまた休み時間に描こうと約束して。
吹奏楽部はご存知かもしれないが、文化系の部活の括りではあるが、体育会系とも呼べる
体力が必要だった。初めは食らいついて必死だったが、一つ一つ曲が出来上がっていくのがとても楽しかった。私はAちゃんとクラリネットわしよう!と言っていた。
だが、編成や人数の兼ね合いで私はクラリネットで彼女はユーフォニアム担当になった。
初めての定期演奏会でステージで演奏をやり遂げた時に、先輩たちともっと演奏したい、もっと上手くなりたい、もっと吹奏楽を知りたいと感じた。
そして高校入学。Aちゃんとは学校は離れたがお互い吹奏楽は続けた。私は、母に教えてもらった私学の進学コースになんとか入った。中学のときの勉強とは違い、高校に入った瞬間
専門的な内容が多く、そのコースは7~8限まで授業があった。えっ部活できる?と思ったが同じコースにも吹奏楽部は何人かいたため、その子たちと途中部活を参加していた。
私は3年間、授業全然追いつかない&
クラリネットパートのレベルに着いてけない 状態だった。
そんな中、これまでの人生の中で衝撃的なことが起こった。
ある日、中学校の時の先生から連絡があった
「Aちゃんが危篤で、○○病院に来て欲しい」
私は信じられなかった。というよりも信じたくなかった。
先生方ともう1人の友達と私でAちゃんがいる病室に訪れた。
Aちゃんのお母さんが目真っ赤にして言った。
「多分耳は聞こえてると思うからいっぱい話してあげて」
私達は何も言えなかった。私は目の前の光景がまるで夢のようで涙もでなかった。
私は過去の自由帳やAちゃんへとの手紙などの思い出のものをお母さんに渡した。先生方も知らない小学校の時の話をした。Aちゃんは穏やかでどこかさびしそうな顔をしていた。
Aちゃんは天国に行ってしまった。
お通夜が知らされ私達同級生は涙を堪えながら参加した。
時が経ち、Aちゃんのお家に訪れた。元気に吠える犬の鳴き声がした。そのワンちゃんはやんちゃで人懐っこく、警戒心もあるようだった。
部屋の中にあがらしてもらった。
そこにはAちゃんが笑顔で写ってる写真と、いっぱい綺麗なお花、彼女を愛してる周りの人からの愛が溢れていた。そして金ピカのユーフォニアムがあった。目を閉じればそこに彼女がいるようだった。
Aちゃんのお母さん
病院の原因はユーフォニアムだと。
他の楽器だったら今頃元気だったと思うと。
この子はユーフォニアムが大好きで、ユーフォニアムをやっている彼女が1番生き生きしていたから、ユーフォでよかった。。。と泣きながら話してくれた。
なんでもっとAちゃんと一緒にいなかったんだろう。なんでもっと一緒に遊ばなかったんだろう。なんで私はクラリネットで、彼女はユーフォだったんだろう。
わかってる今更何を言ったって現実は変えられないことくらい。先生だってこんなつもりで楽器を決めてるわけではないし、本人が1番衝撃的を受けてるってことくらい。
私に出来ることは今を悔いなく生きること。
好きなことは続けて、追って、一生の宝物にすると。私は高校の時の友人(Bちゃん)に誘われて、大学も吹奏楽を続けることにした。
続きは②で