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キングダム大胆予想 : ふたつの史実とふたつのフィクション その1 : 対楚戦


キングダムは、史実に沿った展開とフィクションによる補完で成立している

皆さん、キングダム読んでますかー?
本編は王翦が李牧に……で、映画は王騎将軍が李牧に……で、胸熱な2024年です。久しぶりに、いい意味でストレスを味わうキングダム展開です。
ここから対韓戦が始まり、そのあとは史実どおりにファルファル謄が『内史謄』として、文字どおり内政手腕を見せつける展開になってくるはず。呂不韋以来の政治ドラマも楽しみです。

面白そうな男は政治家としてもファルファル無双しそう

さておきキングダムの面白さとはこんなふうに、バトル活劇や主人公無双だけでなく、「史実」をどのように表現していくか、という物語手法にも依拠しているのではないでしょうか。
もともと、春秋戦国から劉邦の漢帝国樹立あたりまでの中国史は、ダイナミックな動きと歴史上の人物の多様さにより、歴史の面白さでいえば全世界でもトップクラスなのですが、その史実を原先生らしいフィクションで補完する書きぶりが、また良きなのです。

①史実そのものの面白さ
 +
②史実のディティールを想像力やマンガ展開で補完する緻密さ
 +
③史実にない架空人物やストーリーがいろどるドラマの奥行き

ここらへんが重層的に組み合わさっているのが、キングダムの楽しさでもあり、歴史マンガの王道パターンでもあります。
最近だとヤンマガで連載していた『センゴク』シリーズもその典型ですね。あれも良かった……。

ぶっちゃけ、もう決まっている2大クライマックス

ただし、史実に忠実であるがゆえの制約、言い換えれば『ドラマツルギーのてっぺん』も、描く前からもうすでに決まらざるをえないわけです。もちろん史実無視の山場設定もできなくはないですが、キングダム的にはなさそう。

  • 主人公の信が、苦難を乗り越え誰もが憧れる天下の大将軍になる

信はいつ将軍らしい鎧を着るんですかね…
  • 盟友である政が、中華を統一する最初の王 = 皇帝になる

始皇帝です。実物は吉沢亮とはほど遠そう

このふたつが主題である以上、『キングダム』のクライマックスも、おのずからそこに焦点を当てたエピソードになるはずです。それは何かと言えば

信にとって最大の挫折である、対楚戦での大敗北

政が始皇帝となり暗黒面に落ちる過程

なのですよね。
まあ後者はそこまで話を進めずに「中華統一でめでたしめでたし」のハッピーエンド(そしてエンドロールの後も時間は流れるが描かれない)展開もなくはないですが、信のズタボロ挫折大失敗だけは、作中で取り上げないわけにいかない。
常勝将軍ではなく、かつてない失敗を挽回する経験を積むことで、はじめて主人公の成長を描き切ったことになる、それこそが作品の主題にふさわしい描写だ、と言えるからです。

信の大敗北とは

さて、信 = 李信の大敗北については、有名な司馬遷の『史記』に記述があります。

紀元前225年、秦王政は、楚を征服したいと思い、対楚戦にどれだけの兵数が必要かを諮問した。李信は、「20万」が必要だと語った。一方で王翦は、「60万」が必要だと回答。政は、王翦が耄碌(もうろく)したものと捉え、李信の案を採用して侵攻を命じた。

李信は総兵員20万を二つの軍勢に分け、李信は平輿(現在の河南省駐馬店市平輿県)で、蒙恬は寝丘(現在の安徽省阜陽市臨泉県)で楚軍に大勝した。さらに、李信と蒙恬は、楚の国都の郢(寿春、現在の安徽省淮南市寿県)周辺を攻め、再び楚軍を破る。

しかし、城父で李信と蒙恬が合流したところを、三日三晩追跡して来た楚将項燕が指揮を執る楚軍に奇襲され、2カ所の塁壁を破られ、7人の将を失う大敗を喫した(城父の戦い)。『史記』白起・王翦列伝によるとこのとき、昌平君が配されていた後方の秦領、旧楚都の郢陳(現在の河南省周口市淮陽区)で項燕に呼応するかの様に反乱が起き、李信が指揮を執る秦軍はこの鎮圧の為に西へ向かおうとした所、楚軍の急襲を受けほぼ壊滅したとある。

Wikipedia - 李信 より

史実だとこのあと王翦と蒙武がイケオジ無双するんですが、そしてそれもメチャ楽しみなのですが、今回は割愛して、このときの信の話を進めます。

ポイント① : このとき信は【ふつうの】大将軍になっていた

ここで信は20万の兵を率いて楚に攻め込んだとあります。本作での大将軍の描かれ方からすると、この時点で信はすでに大将軍になっていると思われます。ただの将軍でしかなければ、さすがに20万人の大軍勢は預けられませんよね。

ここで【ふつうの】と但し書きをつける理由はただひとつです。この後の対楚敗戦をドラマのクライマックスにすることで、信がなぜ王騎を超える【天下の】大将軍になったかを説明できる。失敗を乗り越えてこそ、人は過去の英雄をも、そして自分をも超える存在になれる。そんな展開や考察ができる流れ上、外せないポイントです。

大将軍として軍を率いる存在であるということは、すなわちその軍の最終判断者でもある、ということです。そして対楚戦では、自身の決断が、取り返しようもない、しかし生涯をかけて償わねばならない悲劇を起こしてしまう。
栄光の絶頂から転落、そしてどん底からの再帰、というドラマを描写するためにも、絶対に信が大将軍になった状態で挫折することが必要なのです。

ポイント② : 昌平君の危機と愛弟子たちの狼狽

また、さらっと最後に書いてありますが、キングダム的には見逃せないのが

昌平君が配されていた後方の秦領、旧楚都の郢陳(現在の河南省周口市淮陽区)で項燕に呼応するかの様に反乱が起き、李信が指揮を執る秦軍はこの鎮圧の為に西へ向かおうとした

Wikipedia - 李信 より

ここですね。
昌平君と言えばご存じ呂氏四柱として登場し、その後は軍総司令として、また李牧に匹敵する秦国随一の戦略家として大活躍しています。
最近はさっぱり出てこない設定になっちゃいましたが、この人は人材育成にも熱心で、軍師学校を主宰していたのですよね。

キングダムNo.1イケメンだと思う

で、その昌平君の足元で反乱が起きる(この話もその後の展開につながりそうですが、これも今回は割愛)。
ここで、昌平君の生徒として、キングダムに登場する人物は3人います。

まずは信の盟友である蒙恬。その戦略・戦術眼は昌平君はじめ秦国の重鎮たちが一目を置く存在。信と一緒に出陣していることから、おそらくはこの対楚戦では李信軍の副将になっているのではないでしょうか。

イケメン度はこの男も甲乙つけがたい。薄い本では昌平君×蒙恬とかやってるのかな

2人目は、その蒙恬の弟である蒙毅。2024年時点で、彼が戦場に出たのは什虎の戦いだけですが、帷幕では何度も昌平君を助け図上演習をしているので、おそらくは軍師学校の優等生。

序盤から出ているわりに影が薄い……史実ではこの人も悲劇キャラ

最後に、我らがミノムシ河了貂(かりょうてん)。ご存じ飛信隊の頭脳です。軍師学校でもいち早く『特別軍師認可』を受けたので、彼女も昌平君門下の俊英であることに間違いはありません。

ミノムシのくせにたまに可愛いしたまに真剣

この3人が対楚戦に参加することは、まず間違いないのではないでしょうか。蒙恬は史実にも李信と出陣したとありますし、河了貂が飛信隊に同道するのもこれまた当然のこと。蒙毅だけはこれまで兄と出陣したことがありませんが、しかし軍師として兄を補佐するのは、別に違和感はありません。

何が起こるか分からぬ戦場とはいえ、そして理知的で鳴る彼らといえども、自分に軍略をたたき込んだ師匠の危機となると、いつもの冷静さも喪ってしまうのではないでしょうか。
もちろん、感情的になるのは師弟関係の紐帯からくるものだけでなく、昌平君という換えのきかない秦軍総司令を失うダメージも念頭にあってのこととは思います。

ここで整理すると

  • 対楚戦のさなか反乱が起き、昌平君が危機に陥る(史実)

  • その近くで優勢に戦いを進めていた秦軍中核に、昌平君を尊敬する愛弟子が3人従軍していた(史実+想像)

  • その報に接した3人は、珍しく周章狼狽。いつもの戦術眼や理性をどこか欠いたまま、作戦の急な変更判断を行う。(完全な想像)

  • これにより、優勢だった秦軍は、急遽昌平君救援のため作戦変更を行い、その拙劣さが大敗北につながった(史実+想像)

こういう進行が描けそうです。史実をフィクションでうまく味つけする、キングダムの王道展開になると予測。

ポイント③ : 信にまつわる羌瘣と河了貂それぞれの想い

話は変わりますが、『キングダム』において、ヒロインは誰なのか。個人的には圧倒的に楊端和ですが。
最序盤から登場し、軍師としての才をを磨き、信の危機を、共に乗り越え、寄り添い続けた河了貂
あるいは謎めいた登場、そして信に敵対する刺客にもなり、その後悲劇的な過去を乗り越え飛信隊の副将になった才色兼備の天才・羌瘣(きょうかい)。この両名のどちらかでしょう。

ヒロイン = 主人公の想い人と定義するなら、すでに信が求婚した羌瘣で決まりです。というかそれ以外ありえない。

笑うと可愛いけど笑わないツンデレ風味のほうが好き(個人の感想です)

信にとっては、王騎の背中を見続けながら努力を重ねる過程、そしていつかその王騎を追い越すことの達成が、すなわち「大将軍への道」とも言えますが、王騎その人は途上で最愛の人・摎(きょう)を喪い、また己も馬陽の戦いで命を落とします。

王騎の物語を語るには欠かせない人物

信は王騎とは異なり、最愛の人と共に闘いながらも命落とすことなく死線を乗り越え、中華統一の夢も、羌瘣との愛も成就させる。この2点は、王騎の物語を踏まえかつそれと対比させた、信の成功のシンボルになるはずです。

ということで、信と羌瘣の恋の結末は、ヒーローとヒロイン同士でイチャイチャチュッチュ勝手にしてくれというハッピーエンドになる。それがこの物語の『必然』だからです。理由は先述のとおり。

……ただし、そんなハッピー進行にともない、河了貂はいつしか信への恋情を消した、となるとイマイチ盛り上がらなさそうなのが、この物語の難しいところです。蒙毅とイチャコラとかマジで凡俗ベタ設定すぎる。
信と羌瘣のあいだに流れる微妙な空気を察して、イラついたり複雑になったりする河了貂が何度も描写されています。これこそが消しきれない彼女の心の奥底でしょう。

さて、ここで忘れてはいけない伏線があります。
それは、魏火龍戦での河了貂と凱孟のやりとり。
皆さん思い出してください。

オレもあいつと一緒に幸せになりたいと言う河了貂
最悪の結末を迎えることになると予言する凱孟

信を巡る河了貂の複雑な感情に対し、抽象的な内容ではありますが、しかしきっぱりと、明確に、先の悲劇を断言されるシーン。

あえて凱孟さんのセリフを勝手に解釈、解説すると

「何が起こっても不思議はない極限状態で、自分の身も、好いた男も、共に守れるとはかぎらない。いつか戦いのさなか『自分』か『相手』かを選ばねばならない、究極の分岐点に立つことになる。それが戦場というものだ」

こんな具合ですかね。

このシンボリックな予言は、いったいどこで具象の現実に変わるのか。
それもこの対楚戦ではないか、と思います。

信は羌瘣との愛こそ貫けますが、激戦のなか、河了貂を守ることはできなかった。
「惚れた女はその手に抱き寄せたが、可愛い妹(分)は永久に喪った」
これほど苛酷な命題の表出も、なかなかないのではないでしょうか。

この大敗北をあらすじにしてみる

まとめると

  • 信は対楚戦の大敗北と、そこで起こった忘れられない出来事をバネに、天下の大将軍になった

  • 敗戦のトリガーは昌平君救援であり、その意志決定の場には、愛弟子たちのうろたえる姿があった

  • 羌瘣と河了貂の恋心の行方は、どこかで(つまりこの対楚戦で)最悪の結末として終止符を打つことになった

これらの仮説を整理すると、こんなあらすじになる、というのはどうでしょうか。


信、羌瘣、河了貂、蒙恬、蒙毅とオールスターの飛信隊・楽華の合同軍が楚軍に連戦連勝、破竹の勢いで侵攻
 ↓
ところが、昌平君のいる郢陳で反乱が起きたとの急報が届く
 ↓
恩師の危機を知り「先生を失うのは秦にとって取り返しのつかない惨事」と主張する、冷静さを欠いた河了貂、蒙恬、蒙毅。
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「なんか臭う……」と、本能型の直感で逡巡する信。
 ↓
議論紛糾のなか、ただひとり冷静な羌瘣が救援に反対する。それを聞いた河了貂は羌瘣を激しく非難し、羌瘣は黙って本陣を立ち去る。
 ↓
残った3人に押し切られるかたちで、自分の思いとうらはらに作戦変更を決断した信。しかし、準備不足で軍を反転する、最も軍が弱くなる瞬間を、楚軍(項燕)に襲われ、大敗北を喫する
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判断ミスを痛烈に思い知る河了貂。信、羌瘣、河了貂は敵軍に飲み込まれ3つの点となって孤立するが、敵軍をどこか1カ所に集中させられれば、残りの2つは脱出の道が開けるのではないかと、河了貂は最後の戦術を振り絞る。結果、信と羌瘣は無事血路を切り開くことができたが、彼女は戦死。
 ↓

「オレにとって、これは最悪の結末じゃなかったよ、信」
 ↓
本能型武将であるにもかかわらず、自分の直感を信じ切れなかったこと、そして取り返しのつかない事態に至ったことを心から後悔し、慟哭する信。しかし、だからこそ、痛みを抱えながら信は立ち上がる。人の思いを、火をつなぐことこそが人間の本質であり、それを誰よりも知る人間こそが、天下の大将軍にふさわしい存在なのだから。


完璧に伏線を回収しつつ、恋愛ドラマとしての『キングダム』も、ようやく三角関係にピリオドを打つ。ただし、壮絶な悲劇として。

余談ですが、この悲劇のサブストーリーとして、楽華軍にも何かのドラマが起こるかもしれませんね。正直どうでもいいや。愛閃あたりがお仕えしきって死ぬんじゃないかな。

ここまでが、2大クライマックスのひとつである(と勝手に予想している)対楚戦のテーマと、そこで起きるドラマの予想でした。もう一つの「始皇帝ダークサイドに堕ちる」は、次回に書こうと思います。

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