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7月の富山と名古屋

すっかり更新遅くなってしまった。あれからあんなことこんなこと書こうと思っていたのに思っていただけになっていた。1日坊主なりかけを脱出。

7/6,7とSABOTENの25周年ツアーに誘っていただき、富山と名古屋でライブをした。

富山

SNSやらライブのMCやらで既に何度も言っていることだけど、富山に行くのは13年ぶり。忘れもしない、最後に行ったのは2011/3/11だった。

2ndフル「トランキライザー」のツアー3本目くらいだったかな、EGG BRAINと2マンで。リハ中だった。
その日はよくわからないまま一日が終わり、翌日神戸へ移動して翌々日には出来たばかりの太陽と虎というライブハウスでライブの予定だった。そのまま西日本をぐるっと回る行程で、3月末まで帰れないようなスケジュールだった。

僕ら(僕)としては、その後のほうが試練だったように思う。色々あった。今でも消化しきれない思いもある。このことはまだ胸に秘めておく。

まあそれはまた別の機会で話すとして、とにかく13年ぶりなのだ。13年。生まれたばかりの子が中学生になるくらいの年月は経っている。なぜそんなに空いてしまったのかといえば、それもまた長くなるし別の話になってしまうので割愛するが、一言でいえば「歳を取った」「大きいツアーの度に富山に行ってチケットも売り切れるくらい」「売れなかったから」だろう。情けない話だ。しかも一言じゃねーし。
じゃあなぜ今?という気持ちもわかるが、だからこそ呼んでくれた機会をくれたSABOTENに感謝している。そして富山のライブハウス「ソウルパワー」とオーナーのトシオさんにも感謝している。

前日の夜、トシオさんと二人で飯を食いに行った。お互い13年の間に立ち止まったり再開したり色々あった。色々あったうえで13年後にこうやってまた再会できたことに素直に喜びを感じた。
続けていなければ実現しなかったであろう日。そんな日があることの喜び、のようなものを感じることができるようになってきた。こればかりは続けてきた奴の特権だ。

セットリストも当時の曲中心にした。ライブの写真もないので前述のトランキライザーのレコ発初日(2011/3/5)の写真を供養しておく。
BlackstarのアンプとGrecoのギターをエンドースして使い始めたのもこの頃からだったなー。しかし髪ボサボサだし茶髪だしピンク袖着てるのやべーし後ろにいるローディーは八木だし、色々すごいな。

当時30歳、若い…多分フォトバイ半田。


名古屋

翌日は名古屋のアップセット。北陸~名古屋方面は滋賀までぐるっと回らず縦貫できるようになってだいぶ楽になったね。
2,3歳くらいから6歳まで名古屋に住んでいたから、好きな街。

この二日間THE BOOGIE JACKと一緒だった。実は面識もなく初めての対バンだったのだが、案の定ボーカルのシュンタ君はアーティスティックな佇まいを醸し出し取っ付きづらく(笑)、このままじゃ会話もなく終わるなと思ったので前日の富山の打ち上げでちょっといじってみたらすごくいい人でした。この歳で新たな出会いのチャンスをくれたSABOTENにまた感謝。

UNLIMITSは今のメンバーで活動して18年、仲良いバンドや世話になったバンドはたくさんいるけれど、SABOTENは間違いなくUNLIMITSにとって重要なバンドなのだ。理由は腐るほどあるし、理由なんかなくてもいい。

そのうちの一つだけ。
また話が前後するのだが震災直後の次のライブ、2011/3/13に神戸の太陽と虎でうちらのツアーでゲストにSABOTENも決まっていた。
結果この日は中止(延期)にしたのだが、判断が直前すぎたり混乱していたこともあって、対応やらなんやらするため当日は故・ちゃん松(松原裕)とライブハウスにいたのだけど、そこにわざわざSABOTENのメンバーが来てくれたのだ。

中止にするべきかしないべきか何が正解なのかもわからず、自分の意志や周りの意志や置かれている状況や当時の所属事務所やメンバー、バンドの意向など、前日ちゃん松や事務所の偉い人含めて皆で大泣きしながら中止(延期)を決断していてもう疲弊しきっていたところに、ヤッソー(Ba.)とサケ(Dr.)が僕のところにきて「大丈夫やで」と言ってくれた。とにかく終始ニコニコしながら僕らを気遣ってくれていた。
今思うとそれ自体はそこまでたいしたことではないのだが(笑)、だけど救われたのだ。あの時の恩は一生忘れない。

ちなみにその時に、まだ幼い頃の現パインフィールズ社長のユウリとその弟にも会った。前日譚が過ぎる。

例によってライブの写真はないので初めてSABOTENがうちのイベントに出てくれた日、2008/2/29新宿ロフトで行われたクローバーのツアーファイナルの写真を供養しておく。この日の写真を見ると全員がとにかくエネルギーに満ち溢れていた。今の自分を見たらなんて言われるだろう。売り切れなかったものの初めての成功体験のようなものを感じた一日だった気がする。本当に小さなスケールでの話だが”客が全くいないバンド”から一歩抜け出せたような、そんなかんじ。

右端奥の腕組みしているスタッフはまだPOD入社前のロフト店員時代のabeyoung
その後紆余曲折を経てレーベルとバンドとして出会う前のお話

プレイリストを埋め込めることに気が付いたので前回の記事にもワンマンのセットリストのを貼っておいた。

サムネイルの集合写真は名古屋の終演後に撮ったやつなんだけど、ジマは愛知在住でとっとと帰りぐんちゃんは福岡在住で最終の新幹線でとっとと帰り残されたメンバーはおれと清水のみ。負けない。僕の前にいるのがTHE BOOGIE JACKのVo.シュンタ君。おじさんのくせに可愛い顔作りやがって。おれなんてひきつり笑いの上に影で暗くなってんだぞ。


旅はまだ続くのだ。

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