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あまりにも真新しい、プレイフルなひととき
2024年2月13日、昼さがりの高円寺。
私は、WSD(※)の先輩 もっくん&てっちゃんが手がける、「プレイフルリーダーズ」0期のプログラムデザインの場におじゃました。
※青山学院大学 社会情報学部の社会人向けカリキュラム「ワークショップデザイナー育成プログラム」の略称。自身は2022年9月に修了し、2024年3月に認定資格を取得した。
「プレイフルリーダーズ」の内容が気になる方は、ぜひこちらをご覧いただきたい。
「そんな贅沢な場にご一緒していいのか!?」と、直前まで本当に恐れ多く感じていたけど、「こんな学びの機会は二度とないかもしれない!」と思い、どこか衝動的に足を運んだ。
あの日、私が目の当たりにしたものはなんだったんだろう?
その日のうちにはうまく言葉にできず、あれから、ずっとずっと考えてた。
もちろん、視覚的な景色については淡々と言語化できる。それに、「プログラムデザインの場にオブザーバーとして参加した」と言い切ることもできる。
でも、そんな単純な言葉では表せない、表したくないほど、その場と自分とのつながり方が、なんだかとても真新しかった。
そして、あのひとときは間違いなく、私にとって新スタイルの学びの時間だった。
そんな新体験を、私なりにちょっとずつ言葉にして、ほぐしていきたい。
「本で読んだやつだ!」を五感で味わう贅沢よ
まずあの日、私はタイムリーにも、上田信行先生の「プレイフル・シンキング」という書籍を読了したタイミングであった。そんなこともあり、学びが大きく深まる時間になったのだ。
「あの解説はこういうことを表してたのか!」とつながることがあまりにも多かった。
インプットしたことを自らアウトプットする機会はよくあるけれど、他者がアウトプットしている姿で学びを得ることは、かなり新鮮だったし、そこには「五感で味わえる説得性」みたいなものがあった。
なんだか、「ホンモノ」を見たような、とっても贅沢な時間。
そんな中で、一番強烈だったのは「爆速だけど本質的な対話」を目の当たりにしたこと。これ、ほんとにすごかった。
もっくんとてっちゃんは、お互いの視点の違いに耳を研ぎ澄ませ、重なりを見つける「対話」としてのコミュニケーションスタイルで議論を進める一方で、コトを進め、決めるスピード感もすさまじかった。
「対話と、コトを決めるスピード感て、両立するんだ…」私はここに、本当にびっくりした。
この日の驚きの裏にあった、リーダーとしての悩み
なぜびっくりしたのか。
そう、まさに私はリーダーとして奮闘する日々で悩んでいたのだ。
私は普段、チームやプロジェクトのマネジメントを担っているが、自身の特性を活かす意図も含め、「ファシリテーター型リーダー」であることが多い。
一人一人の視点に耳を傾け、その重なる部分を見出して前に進めていくような感じだ。
つまり、コトを進めるにも「対話」的なコミュニケーションを挟みたいと思っているのだが、
このやり方は、コトの推進において「遠回りしている」と感じられることがある。
実際、ちらっと耳にしたことがある。
「だまちゃんって、みんなの意見ちゃんと聞こうとするけど、スピード必要なことにその進め方は合わないのでは?と思うこともある」と。
※活字にするとドライに見えるかもしれないが、日々ビジョンに向かって切磋琢磨している仲間からのありがたきフィードバックであり、前向きに受け取っているということを、一言添えておく。
なるほどなぁ。
私は、組織開発の支援をしてきた経験も踏まえ、ダニエル・キムの成功循環モデルへの信念が強い。それに、WSDで学んだ対話の意義もひしひし感じている。だから、自身のポリシー的にも、「急がば回れ」だと信じて、あえてファシリテーション型をとっている。
ただ、いざそういう仲間の声も聞くと、「対話のスタンスを重視することと、コトを進めるスピード感て両立は難しいのかな」と思い悩んでいた…葛藤…。
そんな悩みがチラつく中で目にしたのが、あの高円寺の景色だった。
「対話は遠回り」という固定概念からの解放
私は、シンプルにびっくりした。
そんな自身の悩みがバカらしくなるくらい、もっくんとてっちゃんが、すさまじいテンポで、対話と、コトを進めるスピード感を両立していたのだ。
自身がこれまで経験してきた「対話型でアウトプットをつくる」場のスピード感の中でも、多分過去一。(もはや2人にとっては、染みついたコミュニケーションすぎて、"対話をしている感"すらないのかもしれない。)
そんな驚きの中でも、もしかするとここがミソなんじゃないかな…と感じたポイントを、ピックアップしたい。
①抜かりない前提揃え
まず強烈に印象に残ったのは、本題に入る前の、DTAなどの場の設計。
正直、約4時間かつ関係性が十分ある2人の場に対して、「ここまで綿密に前提を揃えてから始めるのか…」とびっくりした。
場の前提を揃えることの重要性は、私もこれまで学んできてはいるが、「すでに阿吽の呼吸もあるお二人でも、こんなに決めるんだ…」という衝撃が強かった。
そしてここでちゃんと決めたからこそ、その後ちゃんとプロセスよりもコンテントに集中できていたなと感じる。やっぱり前提、入り口って大事なんだな…。
プレイフルと紐づけるなら、ある種「これから共にする場のメタ認知のために、共通のものさしを持っておこう」ということなのかなと思った。
そしてそう思った途端に浮かんだ率直な疑問は、「職場のロングミーティングとかで、この進め方入れたい!けど、その重要性がどのくらい伝わるだろうか…」ということ。
プレイフルリーダーズは、こんな葛藤を共有して、どうしたら日常に取り入れやすくなるか?を考えていく機会にもなるのかもしれない。
②驚くほど、相手のモヤりを放っておかない
これが一番ハッとしたことかもしれない。
もっくんとてっちゃんの進め方の素晴らしいところは、「相手がモヤッとしてるなと察知したら、放っておかない」ということ。まさに対話。
必要なことなら話し手から口に出すだろう、というスタンスではなく、聞き手が率先して引き出すスタンス。さすが、プロファシリテーター。
すぐ聞く。まずテーブルに出す。
そこから相違点をクリアにして、ともにアウトプットを見出していく。
そういえば、モヤりを深掘ることって、他の会議とかでは結構避けられているように思う。なぜなら、その分時間が取られるから。遠回りに感じるから。
でも、もっくんとてっちゃんのやり取りを見て、ちゃんと違和感を場に出し切ることで、すぐに「何が解消できたら前に進むのか」がクリアになり、協働の焦点が定まり、むしろ決定が速くなるのかぁとハッとした。
この過程も、ある種、今この場で起きていること(ズレていることや、発生してるモヤモヤ)を一旦メタで捉え直すという意味を持っている気がしている。
メタ認知を根源としたプレイフルと、繋がっていくのかもしれない。
世の中の多くの社会人って、「違和感あるけど、飲み込むか。その方が、結論進みそうだし。」と思い込んでいる気がする。こんな固定概念を覆していくのも、プレイフルリーダーズの役目なのかも、と思った。
③ちょっと景色が変わると、場のボルテージが上がる
もっくんとてっちゃんは、議論に煮詰まったら、話し言葉や書き言葉に頼らず、ジェスチャーやレゴ®️でイメージを共有していた。
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これがオブザーバーの私から見ると、とってもプレイフル!
一時的に共同注視する景色が少し変わると、場のボルテージも上がるのかもしれない、という発見。
2人は、様々な道具を使って、重なりとズレを認知し、言語化していた。
そして結果的に、この身体性やちょっとした道具の活用が、場の熱狂にも繋がり、より議論が進む。
例えば、手や腕でイメージを表してみたした時、描いてたものが近かったようで、「そうそう、わかるわかる!」とボルテージが上がっていた。
昇降式デスクもそうだ!高くしてみたあのシーン、なんだかとても記憶に焼きついている(笑)
レゴ®️は言わずもがな。ロッケンロール上で、大活躍。これは汎用性高そう。あっぱれ!
やっぱり、熱狂を感じた場面って脳裏に焼きついてるもんだなぁ。
多分意識的に観察していないだけで、日常の職場などの議論でも、こういうちょっとした熱狂が起きているんだと思う。
今まではそこに目を向ける観点すらなかったけどと、プレイフルリーダーズと出会って、いかにこういう場面を観察して、再現性高いものとして認知していけるかが大事な気がしてきた。
日常を捉える目線が変わっていくこと、それ自体がもうプレイフル!
おわりに(言葉を紡ぐ中で感じたこと)
いやぁ…時間かかってしまった…でも、やっと言葉にできた。
学びは間違いなくあったんだけど、なんかずっと、しっくりくる形にまとめられなかった。
きっとこの「なんだこれ、味わったことないぞ。新しいぞ。」って感じが、プレイフルを味わう日常の入り口に立ったということなのかもしれない。
こんな贅沢な学びの場をくれたもっくん、てっちゃんに心からの感謝を!そして絶大なリスペクトを!(noteを始めるきっかけもいただき、お二人との出会いは、振り返ったら私の人生のターニングポイントとなっているんだろなと感じてならない)
新たな感覚を言葉にするのは、思った以上ににパワーが必要だった。
でも書いたら、なんだかとっても元気になった。
プレイフルのパワー、やっぱり絶大!
オブザーバーという言葉では表しきれないほどの、あまりにも真新しいスタイルの学びを経て、やっと入り口に立てた感覚。
プレイフルについて考える日は、まだまだ続く。
だま