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あと2分あるはず

【 Chapter Ⅱ 】

今回の道東出張は弾丸ツアー。朝一で帯広着、一仕事終えてその日のうちに釧路へ移動。明朝釧路で仕事を追えたらその足で札幌行のJRに乗り、夜に帰宅、と言う行程だ。
帯広での仕事を15:00過ぎには終え、16:43の釧路行きに乗るまであと1時間ほど。スケジュールの詰め込み具合と朝の焦りと裏腹に、急にできた余裕の時間が私に安らぎを感じさせてくれる。
私は駅に併設されたちょっとしたフードコートのようなスペースでノートパソコンを開き、週明けのレポート発表の準備をしはじめた。

さっきまで一緒にいた上司とは別行動だ。それでも上司は私がレポート発表の資料作成をしていることを知っていて、「この時間も勤務時間に入っているからね」と声をかけてくれる。同じ列車に乗るのだけれど、事前に予定されていた仕事以外の時間は自由にできる。この職場はそんな当たり前が保証された居心地の良い場所だ。

1時間半、あと4~5ページのパワーポイントを仕上げるにはちょうどいい時間。私は携帯にJR出発時間を知らせるアラームを予めセットして、あらかじめ用意しておいた画像を発表資料にはめ込みながら読み上げ原稿を打ち込んでいった。

駅はそれほど混んではいない。心地よくほど良い喧騒と、駅の割には清潔なテーブルと椅子。名物らしいメロンパンをほおばりながら私は作業に集中していた。…捗る。

家ではどうしても他の仕事が目に付いてしまう。仕事先でも相談業務を請け負っているので、レポートの資料作りはどうしてもプライオリティが低くなる。電話やメッセンジャーで来る問い合わせの合間を縫って途切れ途切れの作業をするよりは、「この作業だけしていて良い1時間半」はかなり貴重だった。

…ふと気づくとさっきから私の携帯が震えている。
画面に流れる文字と点滅する時刻。
16:41「スーパーおおぞら発車まであと2分です」

電源をつけたまま閉じられるノートパソコン。PCケースのファスナーも開いたままリュックを片手にダッシュする。改札口を通る前に電光掲示板を見上げると

ない。

「スーパーおおぞら16:43発 改札中」の文字は無い。46分発の普通列車の掲示が白々しく最上部で点灯していた。

嘘だ…

JRの長距離特急はすべて事前予約制の指定席になった。飛行機のように、すべての予約客が着席すれば、出発していい、と言う判断になるかもしれないが、違う。席に空きがあれば当日受付の乗客もいるはずだし、そもそも予約している私が乗車していない。いくら時間ギリギリとはいえ、あと2分あるはず!!

頭の中をあらゆる場面が駆け巡る
携帯のアラームが直前すぎた?いや、15分前から5分おきのアラームだったはず。もっと携帯を小まめに確認すべきだった。
JRが早めに出発することはあるか?いや、どうだろう?あまりにも時間ギリギリすぎたか?
今夜はもう仕事が無い。今乗れなかったとして、次の特急でも大丈夫。しかしその場合はこの予約した特急券で振り替えができるのか?
上司はすでに乗り込んでいる。上司のLINEは知っている。
札幌から合流する仲間もいる。ホテルのチェックインは最悪個別でも大丈夫。
忘れ物は無かったか?
今持っている荷物はこれで全部か?
そうだ、チケット!乗車券はあるか?

携帯に挟んであった乗車券をかざして窓口に詰め寄ると私と目が合った職員は冷静な声のトーンで「右手の階段、急いでください」とだけ言った。
耳の後ろで「今お客様お一人行きます。」その職員が無線で伝えている声が聞こえる。
階段を駆け上ると無線機を手にした職員が私を一瞥して乗車口に手を向けた。「ごめんなさい、ごめんない」なんだか急に悲しくなってそう叫びながら乗車する。

本日二回目の心臓の苦しさ。

自分の不注意にもびっくりしたし、早めに消えていた電光掲示板にも驚いてしまった。自分の席を確認し、荷物を置いて落ち着くと電光掲示板から乗るはずの列車の表示が早めに消えていたことに沸々と怒りがわいてきた。

悲しみは自分の不注意への絶望。
怒りは自分の驚きへのやるせなさ。

私の精神不安定な一日のクライマックスはこうして幕を閉じた。


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