独断的な考察:大相撲版のセイバーメトリクスは可能か?
WBCと大相撲3月場所
3月、日本の優勝で幕を閉じたWBCを熱心に観戦した。
そのミーハー的な野球熱の余波で前から知っていたのだが、若干統計分析という点では現職と被るところもあるので、その中身をよくは知らなかった野球における選手の評価やチーム戦略を統計データに基づいて行おうとする手法であるセイバーメトリクスに興味を持った。そして、『セイバーメトリクス入門』(蛭川, 2019)と言う本を読み始めた。
丁度、同じ頃、知人の厚意で大相撲3月場所を観戦する機会があった。テレビで見る以上の力士の迫力と臨場感、掛け声が解禁された会場の熱量と活気、取り組み、会場の雰囲気と、とても思い出に残る体験をした。
相撲観戦から帰ってしばらくして、ふと思った、相撲には野球のようなセイバーメトリクス的な手法は可能であるだろうか?と。
今回は、相撲におけるセイバーメトリクスの応用について、独断的な考察を行ってみる。
そもそもセイバーメトリクスとは何か
セイバーメトリクスとは、1960年代前後からアメリカで発達してきた、意思決定を数理やデータに基づいて行うオペレーションズリサーチという数学手法を野球における選手評価、チーム戦略などに応用したものである(蛭川, 2019)。
それまでのの選手評価においては、本塁打数、打率、得点、出塁率、打点、盗塁率、防御率などの計算が単純な指標が用いられることが多かったが、それらは文脈や試合展開によって重要性や価値が変化する問題があった。そこで、セイバーメトリクスを導入することによって、期待得点によって重み付けを行う加重出塁率、プレーが行われた後の期待勝率の上昇といった勝率付加価値、平均的な選手が守備をした場合と比較した期待失点の差(UZR)など、確率指標を用いて試合展開、文脈を踏まえたより複雑な選手評価が可能になった (蛭川, 2019)。
メジャーリーグの改革派のGMを取り上げた、映画『マネーボール』においても、評価が既存指標で低い選手がセイバーメトリクス的指標で再評価されたり、近年記者の投票によって決定する、三井ゴールデングラブ賞が実際のUZRなどセイバーメトリクス的な指標で評価した時との解離が存在するなどの指摘があるなど(Full-Count, 2022)見受けられるが、そのもとあるのは、野球界でセイバーメトリクス以後発展した、統計的、確率的判断によって、より客観的で複雑な評価を行おうという流れであるようだ。
また、こういった流れは選手評価だけでなく、チームの戦略にも応用されており、セイバーメトリクスから生まれた、有名な戦略としては「バント不要説」、「2番強打者説」、「盗塁不要説」等が存在し(蛭川, 2019)、やはりこれも旧来から提唱されていたチーム戦略を客観的指標に基づいてゼロベースで見直すものである。
一言でセイバーメトリクスをまとめると、「選手評価とチーム戦略における科学主義的態度」とでも言えるのではないか。
セイバーメトリクスの大相撲への応用について
では、本題、「大相撲においてセイバーメトリクス的な手法を応用することは可能か?」について考えていこう。大相撲について、これまで、Duggan and Levitt (2002)のような勝ち星の確率的分析から八百長を示唆したものなどが存在するが、いわゆるセイバーメトリクスのようなオペレーションズリサーチ的なものは探した限りないように思える、というよりも求められていなかった(?)と思われる。
結論から言うと、野球的なセイバーメトリクス的手法は競技性質の違い、制度、慣習の違いから大相撲に直接的に輸入するのは難しい直接的に応用するのは難しいと考える。ただ一方で、取り口の決定、育成やスカウティングなど一部その要素を取り入れることができる部分があるのではないか?と考える。
大相撲における野球的セイバーメトリクス難所
では、野球的なセイバーメトリクス的手法の違いを直接的に大相撲に取り入れることへの困難な点を具体的に並べる。
難所1:選手のKPIは勝ち星で事足りる
野球は複数人でプレーを行うチームスポーツのため、選手の活躍=>チームの勝利と結びつかないことが多々見受けられる。そこで、セイバーメトリクスでは実際の得点や勝利でなくても確率的指標に基づいて選手の価値を評価できるようにするわけだが、大相撲は個人競技であり、かつその番付は勝ち星によって決定するため、選手の勝ち負けが選手のKPIとなり、それを観察することによって選手の評価はある程度の部分が行える。したがってセイバメトリクスで見られるような、文脈や場面で加重を行なって選手評価を行なったとしてもそういった評価が実際の勝ち星による評価を上回るようなこともなく、あまり実用性、必要性が感じられない。
難所2:1回の勝負が瞬発的に決まり、対人性が強く、戦略を挟む間が比較的少ない
野球は9回、3アウトまで勝負が決定せず、その間、多くの意思決定を行う場面が存在する。もちろんそれらは、選手の瞬発的なプレーの蓄積によって成り立つわけだが、サインプレーや投手交代などいわゆるベンチワークと呼ばれる戦略を挟む時間、余地が十分にあり、それを補助する役割としてセイバーメトリクスの入り込む余地がある。しかし、相撲の取り組みは長くて2分程度のものが多く、より瞬発的な勝負が求められる。また、フルコンタクトのスポーツであるため、体格の差、瞬発力といった身体的な能力がより如実に現れやすい。それに伴って勝負における意思決定も瞬発的なもの、また相手の動きに瞬時に反応することが求められ、野球と比較して意思決定の入り込む余地が、ほとんど立ち合いのみとなる。
難所3:伝統ベースのステイクホルダーが多いため、ゼロベース思考を行うことが難しい
また、大相撲は伝統的な慣習(例えば伝統的なな人事、人脈的な仕組みである一門制度)や、タニマチなどのアクター、公益財団法人のもとに属するなど新しい手法や、旧来の制度、伝統を覆すような手法、それをもたらすような人物の外からの採用などが構造的に難しいように思われる。その多くが、民間経営や企業、スポンサーに基づいている野球と異なりより奇抜なアイデア、それを壊すような自分物の登用が難しいように思われるのである。
大相撲における野球的セイバーメトリクスが入り込む余地
では、次に大相撲において野球的セイバーメトリクスが入り込むことができる余地を考えていこう。
余地1:取り口
先ほど、相撲には野球的なセイバーメトリクス的な戦略の意思決定が入り込む余地が少ないと言ったが、対戦相手がどういった相手のどういった立ち合い、相撲の取りかたに対して勝率が左右されるかと言うことは、限定的ではあるがデータは蓄積されるだろう。そういったデータを用いて、意思決定を行えば、対戦力士に応じた有効な取り口を見出せるかもしれない。
余地2:育成
親方をはじめとする部屋の首脳陣が、育成において、データによって力士の苦手とするところ、癖、状態などに応じて、稽古のスタイルを変化させることによって、より有効な育成が可能となるかもしれない(私が知らないだけで既に行われている部屋もあるかもしれないが)。
余地3:スカウティング
過去の力士のデータを用いて、将来の成績、番付の予測値の算出を行うことは精度はどうなるかはおいておいて実現可能だろう。また、部屋の独自のスカウト候補のKPI指標も作成することが可能だろう。野球的セイバーメトリクスで見られるような、直感的には評価が高いが、指標的には評価が低い選手、直感的には評価が低いが、指標的には評価が高い選手というのが見られる余地が充分にあり、スカウティングは大相撲に野球的セイバーメトリクスを導入する上で、最も余地の大きい部分かもしれない。
ただ、セイバーメトリクスが目的化しちゃダメだよなって思う
以上、大相撲における野球的セイバーメトリクスの導入可能かどうか考察してきたが、私の独断で考察する限りは難しい部分が多い。ただ、一部入り込める部分が存在すると考える。
ただ、それが難しいからといって悪いというわけではないと考えらる。なぜならば、セイバーメトリクスは選手を客観的に評価したり、チームが勝利する確率を高めるための手段であり、それを導入することが目的であるから、性質上それが難しかったり、それを入れたところで改善するものがなければ、無理に導入する必要はないのである。
重要なことは、導入できる部分、難しい部分を考察して、取り入れられて改善できる、良くなると思われる部分について、取り入れていくことだと思う。
日曜の昼下がりの独断的な考察を終える。
【参考】
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