人見知りが初めて相席ラウンジに行ってきた話
その金曜日は、前日から溜まった仕事を処理していたせいで3時間程度しか寝ていなかった。いつもなら早く帰って寝るのだが、会社の同僚の誕生日祝いで、21時頃から5人で焼き肉へ行くことになった。気心の知れたメンバーで肉だ酒だと盛り上がり、睡眠不足など忘れてしまうような楽しい時間だった。
そして相席ラウンジへ
腹が膨れて酒が回って、血糖値も気分も高まった僕たちは当然のように2軒目へと向かった。こういう時、僕は「どこへ行こう」とか「何をしよう」とか、何もアイデアを出さない。ただついていくだけだ。僕自身がいい店や遊び方を知っている訳ではないので、余計なことを言わずに仲間の選択に身を委ねるのだ。
そうしてフラフラと仲間についていくと、やたらと高いビルのエレベーターに乗ることになった。上層階にたどり着き、エレベーターが開いた。目に入ってきたのは、大理石の受付、ボーイさん、フロア中に敷き詰められたカーペット、薄暗い明かりを放つシャンデリア。
え?キャバクラ??
嘘だろ。ビビりまくってキョどっていると、同僚からここが相席ラウンジと呼ばれる場所だと説明された。相席ラウンジとは、男のグループと女のグループがそれぞれ訪れ、一つのテーブルで相席をしながらお酒を楽しむという画期的な形態の商業施設。男にとっては、知らない女性と簡単に出会うことができる奇跡のお店。つまるところ、人見知りにとっては魔境とも言える場所だ。事態を把握し急激に酔いが覚めてきたのだが、いくら人見知りだからとはいえ、ここから一人帰るなどという空気の読めない暴挙には出ない。さすがにそのくらいの常識はある。一人心の中で覚悟を決め、席に通されるの待った。
コミュニケーションの天才が集う場所
5人グループだったが、3人と2人の2つに分けられ案内された。僕は3人の方で、知っている人間が少しでも多いことに安心した。男3名で席に座っていると、知らない女性が3名がやってきた。何度か見直したが、本当に知らない女性だった。完全に知らない人と交流するのは何年ぶりだろうか。
お酒を頼み、軽く自己紹介をした。僕は顔が佐野史郎に似ていることからシローと呼ばれた。その後、みんなは適当な会話をしながら、オセロと黒ひげ危機一髪を楽しんだ。僕は特に話したいこともないので、オセロに集中している人として存在することにした。
他のメンバーがそつなく意味のない会話をこなしていくのを横目で見ながら、盤面の黒を増やしていく仕事に徹した。多分、このテーブルについている6人全員が、ここで交わされる会話を心の底から無意味だと思っているだろう。それなのに、僕以外のメンバーはみんなニコニコしながら時間を過ごしている。いや、この6人に限らない。この相席ラウンジにいる全ての人が、うたかたの如き会話に興じているんだ。あぁ、天才だ。コミュニケーションにおける天才たちがこの相席ラウンジに集っているんだ。
「あ、好き・・・」芽生えた感情
そんなことを考えながら、盤面の8割を黒に染めたころ隣の女子から「シロ~ちゃん」と声をかけられた。会話の内容はまったく覚えていない。ただ、その子はその後も、時々僕にも話を振ってくれた。知らない女子が、僕に話しかけてきている。人生における転換期を迎えた気がした。その場にいた仲間には秘密だが、その時芽生えた「あ、好き・・・」という気持ちはしばらく心に残ると思う。
30分ほどだったろうか。時間が来て、店を出た。これで知り合いとだけの時間に戻ると思い、温かい風呂に浸かった時のような安堵がこみ上げてきた。と思ったのも束の間、別席で楽しんでいた仲間2人が2人の女の子を連れてきて、男5人女2人でカラオケに行くことになった。温かいと思って飛び込んだ浴槽は水風呂だった。
精神が拒絶する「知らない人」
正直、そこからのことはほとんど覚えていない。とりあえず入ったカラオケで、みんなが盛り上がる中、精神が知らない人に対する拒絶反応を起こし、強烈な眠気に襲われたのだ。
一番出口に近いドア横のソファーに腰掛けていたのだが、気が付くと意識が飛んでおり、力が完全に抜けた体は前に倒れ、机に頭をぶつけた。痛みで目が覚めたのか、頭がテーブルにぶつかった「バーン!」という音で目が覚めたのかは定かではない。ただ、あぁもう帰りたいというオーラが全身から出ていたのだろう。見かねた同僚が僕を連れ出し、そのまま一人タクシーで自宅に帰った。
あたい、惚れっぽい
翌日、10時過ぎに目覚めた僕はまだ少しだけズキズキする額をさすりながら、「シローちゃん」と話しかけてくれた顔も思い出せない女の子に想いを馳せた。初めての相席ラウンジで学んだことは、話しかけてくれただけで女の子のことをすぐ好きになるということ。
相席ラウンジ。そこは虎穴。虎子を得たくば恐れず入るしかないのかもしれない。