5歳の盲腸炎で入院 恥ずかしかったこと一つ
2024.9
初夏の朝のこと。ラジオ体操に近所のお姉さんと連れられて行った時期だから、初夏と記憶している。仲良しのKちゃんが
「ゆたかちゃん、遊ぼう!」って玄関に現れた。「うん」と言って玄関に出た私。
急に下腹に激痛が走った。その後は、しくしくとした痛み。母に「おなか痛いよう」と告げると「Kちゃん、ありがとうね、今日はおなか痛いって言うから、またね」
痛みは消えない。母は、心配してかかりつけの大畑医院に連れて行ってくれた。
「う~ん、盲腸炎の疑いあるな。間違いないと思う。今、伊藤医院に連絡してあげるから、そこへ連れ行きなさい。」
黒いロイド眼鏡をかけたお医者さんだ。
私は、好きだった。
伊藤病院は汐入交番の横に今も健在だ。直ぐ、入院手術。麻酔注射は、いつもの解熱の注射とは違う感触だった。朦朧(もうろう)となる感覚は、初めてだった。気持ちよさを覚えている。麻酔を打つのはわが人生で、大人になってから奥歯を抜く時だけだ。そうそう、麻酔を打たれて、右下腹にメスが入り、下腹が切られるのを感じた。痛くはなかったが、豚肉の皮に包丁を当てて切るときの感じに似ていると思う。
ナイフの先に、皮膚肉の切られる長さを感じた今でも残る15センチほどの盲腸の傷を見るとその時の感触が蘇る。
術後、汐入交番が見える二階の角部屋だった。通りを歩く人の頭が見える。自分が住んでいたのは平屋だったから、上から見られる通りが、なんだかとても面白かったし、飽きない時間。一週間ほどの入院だったように思う。
お見舞い客とはいっても私にではなく、母の友人が来たのであった。印象的なお見舞いの品は二品、カステラと梯子のついた真っ赤な消防自動車だった。カステラは、ほんのり甘くて、ウェットで卵の匂いがして、美味しかった。世の中にはこんな美味しいものがあるんだ、だった。初めてのカステラとの出会い。入院もいいなあと感じた次第。それ以来入院を経験していない。幸せなことなんだろう。入院したいと思ったことは何度かあるが。
消防自動車も嬉しかった。消毒臭い真っ白なシーツ、顔をベッドにくっつけて、真横から見て、滑らせるとウィーウィーウィーって音を出す。サイレンが鳴る。貧しかった我が家、カステラとウィーウィーって音を出す真っ赤なブリキの消防車。何度動かしても飽きない消防車。
「やめてくれー」って入院中に叫びたかったことが一つある。
結局、気の小さい少年は、叫ばなかったのだが。叫んでいたらどうだっただろうと思わないこともない。それは、私をトイレに連れて行ってくれる看護婦さんのことだ。看護婦さんはいい感じの人だった。「おしっこしたい」と言うと優しく抱きかかえて、連れて行ってくれたのだがその後がいけない。待合室を通るのだから、たまらない。お尻丸出しで待合室を抜ける。少年ではあるが、おちんちん丸出しで、大衆に晒される。それは、なんとも恥ずかしく嫌だった。大人はかわいいとか思うかもしれないし、何でもないと思うかもしれないが、5歳の少年は、いや、幼児はとても恥ずかしかった。 お尻丸出し、おちんちん見え見え。
看護婦さんは笑顔の素敵な人だったが、それは許せなかった、
嫌だった。