あたし(私)と貴方(アタシ)のなんでもない日々 第3話
第3話 餅パしすぎた
お雑煮と付け合わせの肉味噌と胡桃味噌と納豆を並べたテーブルは最後の餅を待っていた。
「まだ」
「まだ」
「まだ?」
「まだまだ」
背中にひっついてるミノムシじゃなかったユウをなだめてると、電子レンジが鳴った。
「磯部焼き! 磯部焼き!」
「ヤケドすっから軍手で取りな」
猫手猫舌なユウはさっそくやらかした。あちっあちちっあっちちちちっと踊ってるバカの手からモチを取り上げて冷やす。ほんと世話の焼けるヤツ。
「この餅は私の餅」
「分かったから落ち着いて噛みな」
「はぐはぐっもぐもぐっ」
言ってるのに聞きもせず磯部焼きをがっつきやがって。ああ、ほら、喉をのまらせて。
「世話が焼ける奴だねえ」
「だっ、て、おい、ごふっ、しい、も、んぐっ」
「はいはい。茶飲め茶」
ぬるめの玄米茶を手渡すと、ひったくって、ゴッゴッゴッと勢いよく飲み干したユウは「今度こそゆっくり食べる」と言って、餅に肉味噌をかけて大きく噛みついた。一口でけえよ。
「おい。ゆっくりはどこいった」
「んぐんぐ。んんぐ。流れ星になった」
「肉味噌口につけたままドヤ顔されてもカッコよくねえから。こら、動くな。取れねえだろ」
「アイは食べないの?」
食べたくてもお前が危なっかしくて食べれねえよ。そう言ってやりたいが、言うとしょげて食べる手を止めちまうから言わねえ。こいつにはしょげた顔よりアホヅラで餅を頬張る姿がお似合いだ。
(なーんて、アタシも末期だよな)
「アイ? どうしたの? 食べないの? ひきわり納豆とお雑煮美味しいよ?」
うにょーん、と餅を伸ばして頬張るユウの頬を遠慮なくつつく。全くこの餅女は。ほっぺまで餅とは灼けちまうな。
「アタシはあんたのこれがあるから充分」
「……アイのたらし」
「あ? 何か言ったか?」
「なんでもない!」
なぜか顔を赤くしてそっぽを向いたユウはアタシの口に磯部焼きをダイレクトシュートしやがった。アタシの顔とか口元見えてねえのにジャストシュートするなんて器用だな、と思ったが、それはそれとして餅を投げるな。
頬張りながらツッコミを入れるが、お雑煮の出汁をご満悦にすするユウの耳には届いていないようだ。
そして食後。アタシはからっぽになった皿とお椀を下げて洗う中、ユウは腹を撫でながらこたつに丸まっていた。
「うごけない……」
「あんたにしちゃよく食べた方だしね」
普段のこいつの食生活を思い返してため息を吐いちまう。朝はシリアルかカロリーメイトとウインターゼリーかこんにゃくゼリーで済ませて、昼はアタシの弁当、夜は一汁一菜とたまにおかずだ。昼と夜はともかく、朝は本当に酷い。朝が弱いにしても食欲なさすぎんだろ。もっと言うと弁当はおかず二品と白飯、晩ご飯は米と具沢山の味噌汁と漬物でお腹いっぱいと断言するほどユウは少食だ。たまに作るおかず一品も五口食べて後はアタシが食べる。
そんなユウが餅を半分以上平らげてお雑煮を半分おかわりしたのだ。明日にはエビスさんの鯛がアジになってんじゃないだろうか。それぐらいの衝撃だ。
感心するアタシだったが、さらに衝撃的な言葉が耳から脳にアタックした。
「アイが作ったものはいくらでも食べれる……」
「ーーーー」
スピースピーと鼻息立てて間抜けヅラさらすユウの頬をつっつきながら、アタシはため息をつく。
「あんたが食べてくれるならいくらでも作ってやるっつーの」
あんたのおかげでアタシは料理好きになれたんだから。
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