【うちの子創作-D024】煮るまで待てない。【その2】
休憩を終え、洗濯物を取り込み、カスガ宛の手紙を整理する。
一日のルーチンを滞り無く終わらせたナゴミは、台所の扉を開けた。
ふわりと香る、粉っぽさと油っけの混ざった独特の芳香。
カスガが大きめのすり鉢で押しつぶしている材料から、その匂いは立ち登っているようだ。ナゴミはゆっくりと、その手元を覗き込んでみる。
「これは……豆、ですか?」
白っぽい大きめの豆と、茶色っぽい中程度の豆の2種類だろうか。下茹でしたものを荒目に潰されたそれらが、すり鉢の中で程よく混ざっている。
ナゴミが寄ってきたことに気がついたカスガは、動かしていた手を止めてナゴミに向き直った。
「おや、見られてしまったね。……おっと、そろそろナゴミも台所を使う時間になったか」
「あ、私の方はまず向こうで野菜を切ってますから。あとでかまどを片方使わせていただきますね」
「そうかい。じゃあ、私もそろそろ油を温めておくかな」
そう言ってカスガは二口あるかまどの片方に火を入れ、油で満たされた鍋をその上にかける。しっかりと鍋が固定されたことを確かめた後、先程まで作業していたすり鉢を作業台の上へと持ち上げた。じっくりすりつぶした豆の塊の中へ手早くしんせんたまごを1個割り入れ、小麦粉、塩を手際よく混ぜていく。そうして適度な粘度にまとまった塊を、揚げやすい適度なサイズへ小分けにする作業を始めた。
その作業を見たナゴミは、今晩のメニューを察する。
「コロッケ、ですね!」
「御名答!これは黄葉商店で仕入れたピヨピヨ豆と、エテーネの村で仕入れたソイヤー豆のブレンドなんだ。これを煮潰してカラリと揚げたものが、いわゆる『豆のコロッケ』というやつだ」
「ヘルシーで美味しそうですね……!」
「これに、極秘ルートから手に入れた『天上のセサミ』を衣としてまぶす。香ばしさの三重奏がどれほどのものになるか、私にも正直予想がつかない」
「な……何ですかそれ……!絶対ヤバいやつじゃないですか……!」
揚げる前の事前情報だけで、そんなに食欲をそそるコロッケなどナゴミはこれまで聞いたことがない。体重が気になるお年頃ではあるが、今日だけはすべてを忘れるべきなのだろうか……!
だがもちろん、と前置きし、カスガは作業台の横で寝かされていたボウルの蓋を開ける。その中にはマッシュされたまんまるポテトとみじん切りにされたジャンボ玉ねぎ、そしてミンチ状のやわらかい肉が炒められたものが、肉多めの分量でねっちりと混ぜられていた。
「ヘルシーなだけでは物足りないだろう?いつもの肉とイモのコロッケ種も抜かりなく用意しておいたよ」
「お兄さま……!ありがとうございます!ありがとうございます!」
「揚げたてホクホクのこれにこくうまソースをかけて、しゃっきりレタスと共に挟んだコロッケバーガーも……食べたいとは思わないか?」
その殺し文句は一撃必殺だった。ナゴミはスープ用の野菜を用意する手を止め、深く深くうなだれる。
「お兄様……」
「なんだい」
「祈祷師やめて、セールスマンとかになっても絶対やっていけますよ……」
「はっは、今の生活が気に入ってるからそれは別にいいかな」
カスガはナゴミの本気とも冗談ともとれる発言を笑い飛ばしながら、手元のコロッケ種をまとめる作業を続けるのだった。