シーモアの庭

Seymour's garden
シーモアズガーデン

キーボーディスト渡辺シュンスケ氏のブログサイトの名前。
はじめてブログを読んだのは恐らく2009年、14年前のちょうど7月、佐野元春がコヨーテバンドを率いた最初のツアーファイナル(今はなきZeppTOKYO)から帰宅した後のことだった。当時高校一年生、15歳。

シーモアの庭。
15歳のわたしは何もピンときていなかったと思う。ある日母から「シーモアズガーデンのシーモアって、シーモアグラースのことじゃない?」と言われた。『ナイン・ストーリーズ』を貸してくれた。

「バナナフィッシュにうってつけの日」
シーモアはピアノを弾いていて、山羊座だった。シュンスケ氏は1月7日生まれ。山羊座だった。
ああ! きっとシーモアはこのシーモアだ! と、点と点が結びついたようで興奮したのを覚えている。
しかし、物語の最後、シーモアは自死を選ぶ。なぜシーモアなのだろう。冒頭の興奮はどこへやら。もやりとしながら、その後も『ナイン・ストーリーズ』をちょこちょこと読み進め、時々「バナナフィッシュにうってつけの日」を読み返していた。
いつだったか、ひとりで乗った電車の中で「小舟のほとりで」を読んだのを覚えている。ライオネル少年の描写に衝撃を受け、あまりの衝撃に本を一度閉じてしまった。
中学時代に読んだ『ライ麦畑でつかまえて』よりも、気がつけばサリンジャーといえば『ナイン・ストーリーズ』になっていた。

ブログは更新頻度があまり高いものではなかった。おかげで割と早々に過去の記事をぜんぶ読んだ。気がついたら再びぜんぶ読み返していることもあった。ちょっとでも多くシュンスケ氏のことが知りたかった。まさにうってつけだった。
更新がされると本当にうれしかった。シュンスケ氏の書く文章が、端々に滲むユーモアが、選ぶ言葉が、撮った写真が、わたしは大好きだった。彼が見ている世界をのぞいているようだった。

紆余曲折を経て、第一志望ではなかった英米文学科の大学へ進学したわたしは、紆余曲折を経て卒業論文の題材に『ナイン・ストーリーズ』を選んだ。
恩師に助けられながら、自分なりにシーモアをはじめ作品に登場する「非常に若い人たち」と向き合い論じた。自死を選んだシーモアではあるが、実は少女シビルによって救われていたのではないか。というのがわたしの出した結論だった。

ブログの更新頻度はどんどん下がっていった。めんどくさい!!という曲を作るくらいにはめんどくさがりな人なので、まあ致し方ないと思っていた。cafelonの活動もないままだけど、解散していないだけ良い。ブログの更新もないままだけど、閉鎖されないだけ良い。(cafelonのBBSは閉鎖されたもんね。)

卒論を提出し無事に大学を卒業したあと、なんとか就職をし、それから結婚。妊娠、出産を2回経験した。
2018年を最後に、ブログは更新されていない。
シーモアの庭はずっとそのまま。のぞけるのはもう彼の過去だけになってしまった。

2023年7月5日。シュンスケ氏が2日前にラジオにゲスト出演したのを知りつつ、まだ聴いていないままだったので、ふと思い立ち朝のお弁当作り中にタイムフリー機能で聴いていた。子どもたちとバタバタしているうちに聴き逃していて、気がついたら坂本美雨さんが小学生の娘さんのお話をされていた。

洗面所で自分の身支度をしながら、聞き逃した部分を巻き戻して改めて聴いていた。
「早起き」「結婚」「こども」
ハアーーーーーーー!? ちょっと待って!?
突然叫びだし、何度も「ちょっと待って」を連呼する母親に、子どもたちが何事かという顔をしていた。
ラジオは止めた。

結婚。こども。父親。奥さん。わたし。夫。息子。娘。34歳だったシュンちゃん。48歳のシュンスケさん。15歳だった自分。今年30歳になる自分。
ドロドロした気持ちよりも、自分とおなじ子育てをしていること、知らないところでこんな共通点が存在していたこと、めんどくさがりのシュンスケさんが家庭をもっている世界が、心強いような、どしりと、重たく感じられた。

シーモアの庭はずっとそのまま。
のぞけるのは過去だけ。
山羊座の生まれのシーモア。
ピアノを弾くシーモア。

シーモアの庭はずっとそのまま。
のぞけるのは過去だけ。
でも、庭の奥、奥の奥の奥、のぞいても決して見えないところに、きっと彼はいるのだろう。
彼の大切な人たちといっしょに。

シーモアの庭はずっとそのまま。
のぞけるのは過去だけ。
時々聴こえてくるピアノの旋律。鼻歌。歌声。
懐かしいもの。新しいもの。
姿は見えない。姿が見られるのは、彼が庭の外へ出てきたときだけ。

シーモアの庭はずっとそのまま。

むかし、いつかのライブのMCで言っていた。
「めんどくさいに打ち勝てるのは情熱」と。
ああ、あのめんどくさがりの、冷蔵庫が壊れても何年もほうっておけた人が、めんどくさいに打ち勝ち、大切なひとたちと生きることを選んだのだ。なんて素敵なことだろう。

遅ればせながら、心より、おめでとうございます。

(下書き 2023年7月5日。文中に出てくる年などは投稿日ではなく2023年時点のものです。)

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