見出し画像

皐月の朝

5月の朝が気持ちいいだけで姿勢がよくなる。
今朝の通勤路、私の背筋は伸びていた。

晴天、心地よい風。体感気温、21度。
朝日はそこまで眩しくない。大きな道に出た時、駅までまっすぐ伸びる歩道にいた人の量が少なかった。点字ブロックを避けて、まっすぐ歩ける。
心なしか視線は上に行く。先月、毎日のように職場で泣いていた時は呼吸がしづらくて、姿勢が悪いのでなおさら苦しくて下を向きがちだった。胸を張って少し上を向き、青空を見ることのできる清々しさと言ったら。


姿勢が良かった原因のもう1つは、久しぶりにヒールを履いていたこと。浅履きのフットカバーを履いていたので、足の甲とパンプスの縁の間を邪魔するものはなくて、イイ足の甲してんじゃん、ワタシ!と普段あまり思わないことを思ったりした。

ファッションに関して言うと、私は王道コンプレックスというか、皆が素敵に着こなしている流行りのもの、定番となったものを自分も取り入れることにいつも尻込みしてしまう。
例えばコンバースのスニーカー。サロペット。マキシスカート。大きめの黒縁メガネ。全部、はやりが終わってもうぼちぼち誰も着なくなってきた頃に、良かったこれでもう私が着ても、「あっこの人流行ってるからってこれに手を出したな」って思われる心配がない。と考えて手を出す。
密かに憧れていたものだから、手に入れてとてもワクワクするんだけど、長く温めすぎてしまったために、これを身に着けていてとても素敵に見えたあの人は、もう今更それは着ないよ~とばかりに新しい素敵なものを手に入れている。それに気づいた瞬間、手に入れたモノがどうでもよく見える。

可哀そうな、私とそのモノ。

自分で好きなものを買えるお金を手に入れてから、素敵と思ってから自分も挑戦してみるまでの距離は短くなったと思う。
それでもまだ、「え~やっぱり皆着てるし、そういうの欲しいんだ~」っていう自分の中の他人が言う。
歳を重ねて、たぶんそれに対して言い返せるようになってきたから抵抗もすくなってきたのだと思う。「そうなの、欲しいの。これは廃れない形として定番化してきてるしね」少しだけ言い訳がましくもっともらしい理由をつけたりもするけれど。

就活の時にヒールのあるパンプスを履いて、靴ずれ流血祭りだったのは、内定が全く出なかったことに匹敵する地獄だったけれど、怪我の功名はあった。女の子らしさの代表みたいに見えて、手を出せなかったヒールも、否が応でも履いて何とか動き回った分、自分で選んで履けば楽しいって気づいたのだ。


そして昨日、久しぶりにNetflixでクィア・アイを観た。素晴らしきファブ5。
ファッション担当のタンは、その回の主人公に、変身前のクローゼットの前でよくこう質問をする。
What do you see when you look at the mirror?「鏡を見た時、どう思う?」
(ちなみにこのlook とmirrorがバーミンガム出身のタンらしい発音で私はツボ)
自分を美しいとは思えないとか、ここが好きじゃないとか何かしらネガティブなことをぽろぽろと話し出す主人公の言葉を聞いて、切り捨てるわけでなく、そのネガティブな言葉に主人公が飲み込まれる前に、タンはこんなことを言う。
Can I stop you real quick? You ARE beautiful!「ちょっと止めていい?あなたは美しいんだよ!」
I want you to see what I see when you look at the mirror. 「あなたが鏡を見た時に、僕と同じもの(美しいあなた)が見えるようになってほしい」

あぁ、なんて素敵な言葉。

身長が高くてヒールを避けている女の子に、自分の女性らしさを直視できないハンターの女性に、歩かなくていいよ。履いてみるだけ。差し出したヒール。見せつけてやって!という言葉。歯が欠けているのが気になって笑顔を見せないバーベキュー店のオーナーに素敵な色の服を提案して、
Come and show us, how INCREDIBLE you look!!「さあ見せて、あなたがどれだけ素晴らしく見えるか!」
と盛り上げて試着室から登場させるところとか。

You are beautiful. あなたは美しい。You deserve it. あなたはこれに値する。I am beautiful. I am powerful. I am a boss. 私は美しくて、強くて、ボスなの。
タンの言葉は、主人公が私と同じように「この服は私には…」って、惹かれているのに拒否している時、するりと入ってくる。

You deserve it. You are owning it.

今日、ヒールに足を入れる時、私の中でタンが言った。

きっとこれからも、それを着たい気分なのに、私にはちょっと…って気持ちが、謎の他人を演じて私を引きずり落とそうとすることもあるだろう。
でも私の中にはタンもいるから。時々は出動してもらって、背筋を伸ばす手伝いをしてもらおうと思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?