わたし側の物語
「なんか食べる?」
智はそう言ってキッチンへと向かった。
しばらくして智が部屋へ戻ってきて
「今は親おらんから、大丈夫よ。おいで。」
そう言われて、くるみはようやくリビングへ向かった。
テーブルにはワンプレートの朝食が出来上がっていた。
トーストされたパンとスクランブルエッグ、ウインナーと少しのサラダ。
くるみの好みを智はよく分かっている。
今まで付き合った人には食事を作ってもらった事がなかったので、
初めての出来事にくるみはとても喜んだ。
それからというもの智の実家には度々泊まるようになった。
まだ智の親とは顔を合わせたことがなかったので、少し後ろめたい気持ちもあったくるみ。
「ちゃんんと挨拶したいんやけど。お泊まりしよんのに。」
「そうやなぁ、そしたら今度合わせるわ。」
紹介してもらう約束をし、少し安堵した様子のくるみ。
その時は意外とすぐにやってきた。
後日また、智の実家に泊まる事になった。
家に着いたのは夜遅かったので、次の日出かけるタイミングで
智の母親と初めて会った。
「ん。おるよ。」
智の言葉はそれだけだった。
くるみは慌てて「初めまして。こんにちは。」と挨拶した。
緊張してくるみはそれ以上は話せず、軽く会釈をする智の母。
智は何も言わずスタスタと玄関へ行くので、くるみも軽く会釈をして智の後を追いかけた。
初めての挨拶はくるみが思い描いていたものと全く違うものだった。
ちゃんと智が紹介してくれるものだと思っていたくるみは
その時の智の態度に少しがっかりしていた。
智に「彼女だよ。」ってちゃんと智の言葉で紹介して欲しかったのだ。
ちゃんと紹介したくないのかな?それとも恥ずかしさもあったのかな?
智の母はどう思ったのかな?嫌な彼女って思われてるかな?
勝手な想像だけがどんどん膨らみモヤモヤした気持ちの中、智と過ごす時間が過ぎて行った。
「なんであの時ちゃんと紹介してくれなかったん?」
その一言が言えたらいいのだが、素直に自分の気持ちを伝えられない自分にくるみも自己嫌悪を感じていた。
それでも智と過ごす時間は、あまり気張らず自分らしくいられてるのではと、幸せも日々感じていた。