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まいにちショートショート4『いそやん』

【いそやん】


「いそいち市」の公式マスコットキャラクター「いそやん」にまつわる都市伝説をご存知だろうか?

「いそやん」の着ぐるみに入った女性は皆、デキ婚で「いそやん」から引退する、というものだ。

「いそやん」は全高170cmくらいの少年の姿をしており、成人男性が入るには極めて難しい。

よって、中に入れるのは女性が主になるのだが、この担当の女性が軒並みデキ婚しているというのだ。

だいたい、こういった都市伝説の裏には聞いてみると「あ〜ぁ」な根拠があるのであって、この「いそやん」で言えば、「いそやん」は「いそいち市」周辺では人気キャラクターなのであって、いろいろなところに呼ばれる。

よって必然的に「いそやん」担当の女性スタッフは必然的に出会いのチャンスが増えるのであって、寿引退が増える傾向にあることに「デキ婚する」という尾ひれがついたものだと推測される。

寿引退もデキ婚もおめでたいことには変わらない「いそやん」なので、そういった都市伝説も相まって、人気は陰ることを知らず。


しかし、「いそやん」にもピンチが訪れる。

ヒラツカさんの寿引退表明以降、着ぐるみを着れる女性がいなくなってしまった。

ヒラツカさんはいわゆる「デキ婚」なので母体に何かあってはいけないと、すぐさま次の「いそやん」担当の募集を始めた。

この「いそやん」担当は、前述の「デキ婚」伝説もあって「いそいち市」の女性たちの中では花形職業で、応募はすぐにあったのだが、なんの因果か応募者は揃いも揃って180cm近い、バレーボール経験者ばかりだったのだ。

では、「いそやん」のサイズを大きく作り直すか、という案も出たが、「いそやん」はこのミニマムな存在で人気が出たのであって、「いそやん」がジャンボになったら人気に陰りが出るのではないか、と見送り。

そこで白羽の矢が立てられたのが、いそいち市役所企画課のキリシマであった。

キリシマは28歳男性。小柄で身長も150cmあまり。

「いそやん」に入るにはじゅうぶんな体格であった。

「しかし、これまで女性が入るのが通例であって……」

という上層部の意見があったが、

「そもそも女性が入ることを前提として『いそやん』を作ったわけではなく、出来上がった『いそやん』が小さいがために女性しか入れなかったわけであるから、男性NGなわけではない。いやいや、男女の区別を職に持ち込んだら、今のジェンダーレスのご時世、いろいろまずかろう」

とキリシマの上司でもある企画課長が押し切り、「いそやん」史上初の担当男性スタッフ誕生となったわけである。

そんな企画課長のゴリ押しをよそにこの役目を嫌がるキリシマが「いそやん」の試着をしたおり、

「ぴったりじゃないか」

と周囲は安堵の歓声をあげた。

キリシマもこれまでの人生の中で、いかに着ぐるみ越しとはいえ、ここまで注目を浴びるのは初めてだったし、第一、これまで20代のうら若き女性たちが入っていた「いそやん」の着ぐるみなので、その内部に染み込んだ彼女たちの汗を主とする体臭がキリシマの鼻腔を鋭く刺激するのであって、これまでの歴代担当女性スタッフと「1つになっている」妄想がすこぶる捗り、この役目など勿体無いと考え方を変えるのであった。


任務最初は春先の「さくら祭り」であった。

「いそやん」として30分ほど動いただけで、キリシマはグロッキー状態となってしまった。

そう、キリシマは成人男性にしては体力が心許ないのであった。

「これはいかん」

と彼を担当に推した企画課長はなんとか対策を練る。

その甲斐あってか、キリシマはその後やってきた猛暑もなんとか「いそやん」として乗り切った。

そして秋。

ここでキリシマの周辺にある噂がたった。

もともと痩せ型であったキリシマのお腹が膨らんできたのだった。

ここで皆が思い出したのが、冒頭にお話しした「『いそやん』に入った女性は、デキ婚をする」という伝説である。

あれはただの伝説だったんだ、と皆忘れかけた時に発見されたキリシマの腹の異変である。

キリシマの腹が出てくるにつれ、やはり「いそやん」にはそういう受精の能力なり呪いがあるのだと、そんな非科学的な話が口の端に上るようになった。

これはいかん、と動いたのが企画課長。

企画課長は「キリシマの体の異変について」と題して、関係者に集まるように声をかけた。

声をかけられた一同は、

「キリシマのお腹の子の父親は企画課長か?」

「まさか、同性でそんなことがあるわけない」

「しかし、『いそやん』任務後、企画課長とキリシマはどこかに消えているようだ」

「じゃ、逢瀬を重ねた挙句……」

とゴシップ誌で扱うような下世話な話を真剣に議論して、その場に臨んだ。

企画課長はまず軽く咳払いをした後、

「キリシマの体の異変についてですが、実は私、キリシマの任務が終わるたびにスタミナをつけさせようと、ステーキやうな重などを食べさせておりまして、つまり、平たく言いますと、キリシマの腹はただの肥満です」

これを聞いた一同、「なーんだ」「人騒がせな」「このゴシップキングが!」などと、がっかり感を隠すことなく、この場を去っていった。


ちなみに、行く先々で出会いの多い「いそやん」任務だが、キリシマに至ってはどこに行っても出会いを実らすこともなく、誰ともデキ婚できることもなく、今冬もシングルのまま、どっぷりと実った腹を揺らして、しっかり己の汗の染み込んだ「いそやん」の中で頑張っているらしい。


【糸冬】

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