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ショートショートその68『昨日だったのか!』/令和7年の節分は2月2日。みなさん、間違えませんでしたか? ここにも間違えた方がひとり……
「フン、今年も人間どもを驚かせてやるか」
金棒を肩に担ぎ、赤鬼は人里へと向かっていきました。
令和7年2月3日。
今日も派手に暴れてやるぜと、意気揚々です。
ところが、街に入ってみて、鬼は首を傾げました。
道行く人々の様子が、どこか普段と変わらないのです。
節分ならば、豆をまく準備に追われているはずなのに、主婦たちは買い物帰りの世間話に興じ、子どもたちは下校時の騒がしさを見せています。
おかしいな、と思いながらも、もう少し奥へと進んでみることにしました。
「あれ?今日って節分じゃないの?」
「えっ、昨日よ。2月2日だったわ」
「うそ!私も今日だと思ってた…」
路地の角を曲がったところで、そんな会話が耳に入ってきましたので、鬼は思わず立ち止まります。
今年は2月2日。
「昨日だったのか!」
赤鬼は今年の暦を確認していなかったのです。
赤鬼は、ドラクエのレベル上げに没頭した昨日の自分を恥じました。
立ち話をしている2人の主婦も、手に豆の袋を持って困っている様子。
どうやら人間の側にも、日にちを勘違いしている者がいるらしいのです。
「おーい!誰か豆まきする人はいないのかー!」
思わず大声を出してしまった鬼に、近所の窓が開きます。
「あら、鬼さん。今年は昨日が節分だったのよ」
「そ、そんな…」
金棒を持つ手に力が抜けてしまいました。
「あ、私たちも勘違いしてたんです!」
さっきの主婦たちが声をかけてきました。
「せっかくだから、やりません?」
「そうね、豆も用意してあるし」
三々五々、同じく勘違いしていた住人たちが集まってきました。
手にはそれぞれ豆の袋。
「じゃあ、はじめましょうか」
いつもの節分なら、鬼はいきなり現れて豆をぶつけられるのですが、開始宣言をするなど、初めてのことです。
「えー、鬼は外!福は内」
「ぎゃー」
投げられる豆も、逃げ惑う演技も、どこか形だけのもの。
お互いに「こんなもんかな」という空気が漂う中、豆まきは淡々と進んでいきます。
「はぁ…」
鬼も人間も、同時にため息をつきそうになった瞬間―
「まあまあ、しょうがないですね」
どこからともなく、優しい声が響いてきました。
振り返ると、そこには福の神が立っています。
にこやかな笑顔を浮かべながら、両手を広げていました。
「せっかく皆さん集まったんですから、私も付き合いましょう」
「福の神様!」
福の神の出現に、人々の目が輝き始めます。
鬼も思わず、金棒を握り直した。
「では、もう一度!ちゃんとした節分をやりましょう!」
「鬼は外!福は内!」
今度は心からの掛け声が響きます。
鬼も本気で逃げ出し、福の神は笑顔で福を振りました。
「日付を間違えてもちゃんと鬼の役目をする赤鬼さんにも、福を、ハイ!」
「ありがとう」
たまにはこんな節分もいいかもしれない、と赤鬼は結果オーライだと捉えるようにしました。
ちなみに、赤鬼は帰宅後またドラクエのレベル上げを再開しましたが、この日に限って、はぐれメタルがたくさん出てきたそうです。
来年からは暦をしっかり確認しようと、鬼も人間も固く誓った節分の日の翌日でした。
【糸冬】