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ショートショートその21『看護師・タカコ』/アポ無しの看護をしない看護師・タカコが飛行機で遭遇したものとは……

アポ無しの看護はしない看護師・タカコ。
タカコに看護してもらいたい患者は必ずアポを取らないといけない。
アポは軽く1年先まで埋まっている。
タカコの看護を受けて病気が治るだの、延命するだのという保証はない。
ただ、タカコの看護のその手厚さ、ホスピタリティたるや、右に出る者はいない。
ゆえに一度は看護してもらいたいというのが老若男女の患者の憧れなのである。
 

アポ無しの看護はしない看護師・タカコ。
こないだ、飛行機で「お客様の中にお医者さまはいらっしゃいませんか?」に遭遇した。
(私はお医者さまじゃないし。看護師だし)
そうやり過ごそうとすると、
「お客様の中に看護師さんはいらっしゃいませんか?」
になった。
タカコは立ち上がり、その苦しんでいる客のところに歩み寄った。
今から向かう、次のアポの初老の患者かと思ったのだ。
それだったら、見過ごすのは自分のポリシーに関わる。
しかし、今、機内で苦しんでいるのは、若い男のようで今から看護する人物と違うようだった。
一瞬、その若い男とタカコは目が合ったような気がした。
タカコが踵を返し席に戻ろうとしたそのとき、キャビンアテンダントが、
「すみません、看護師さまですか?」
「いえ、別に」
タカコは自席に戻り、深く目を閉じた。
(だってあの人、アポとってないし)
 

アポ無しの看護はしない看護師・タカコ。
担架で運ばれるあの若い男を尻目に、飛行機から降り、今日の目的の初老の患者のところに向かった。
初老の患者は電話をしていた。
「そうか、そうか、それは災難だったな。とにかく、落ち着いたらこちらに向かいなさい」
初老の患者が電話を切ると、
「いや~、待ってたよ、タカコさん」
「よろしくお願いいたします」
「実はワシの孫が飛行機の中で急にひどい腹痛に襲われたそうだ。こういうときに限って、機内には医者も看護師もいないから、孫もずいぶん苦しんだそうだ。到着してすぐ近くの病院に担ぎ込まれたそうだが、幸い、大事には至らなかったそうだ」
「それは大変でしたね」
「機内にあんたみたいな看護師がいてくれたら、孫の苦しみも少しは楽になったかもしれんなぁ」
(そんなこと言ったって、あの人、アポとってなかったし)
 

アポなしの看護はしない看護師・タカコ。
アポとった患者には、手あつく、手あつく、看護する。
初老の患者を看護していると、あの話題の孫がやってきた。
案の定、あの機内の若い男だった。
一瞬、その孫と目を合わせ、タカコは看護に集中した。
「お前も災難だったな」
「いえいえ、警察学校の地獄の訓練に比べれば、大したことありません」
「警察学校でも、空の上の腹痛に関しては教えてくれんかっただろう」
初老の患者がカカカと笑う。
「この人が話題の看護師さん?」
孫の視線がタカコに向かう。
「そうじゃよ。1年先までアポが埋まっておる。1年待って、やっとわしの出番がやってきた」
初老の患者が、タカコの代わりに答えた。
「アポなしの看護はしないとか」
「しかし、アポのある看護はこの通り、手あつい」
「救急の患者の方が優先だと思いますが」
「カカカ、こいつめ、飛行機の中で助けがなかったから拗ねておるのじゃろう」
孫は明らかにタカコが同じ機内にいたことに気づいている様子。
孫が「なんであんた、あの時助けてくれなかったんだ!」と言い出したら、タカコはこう言うつもり。
(あんたがあらかじめアポ取ってれば、助けてやったのよ)
 

アポ無しの看護はしない看護師・タカコ。
その初老の患者の看護を終え、自宅に帰った。
電気をつけて気づいた。
荒らされている。
金目のものから、下着から、目ぼしいものは無くなっている。
(ちくしょうめ、なんだってあたしの部屋に)
なんて憤ってたって仕方がない。
(警察呼ばなきゃ)
タカコは110番にかけ事情を説明したが、帰ってきた言葉が、
「アポはとってますか?」
「は? 警察がそんな口聞くの?」
「しかし、当警察はアポなしの捜査は行わないことになっています」
「じゃ、今、アポを取るわ」
「すみません、操作のアポは1年先まで埋まっていまして」
「ふざけないでよ。1年先まで家をこのままにしておけってこと?」
「はい。お願いします」
その声に覚えが。
(まさか、あの孫なんじゃ……)
そんなこと考えたって仕方ない。
「もういいわ、あんたには頼まない」
タカコは電話を切った。
 

アポ無しの看護はしない看護師・タカコ。
今、アポが原因で苦境に立たされている。
(一体、何がいけなかったのか?)
自問自答の末、出した結論。
窓をガラッと開け、夜の闇のどこかにいるあいつに届けとばかりに、叫んだ。
「ちゃんとアポ取ってから、空き巣に入れ~!」
 

【糸冬】

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