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ショートショートその18『羊肉専門店「アイーダ」』/今注目の経営者、相田美和子が羊肉専門店を開業したいきさつは……

羊肉専門店「アイーダ」の社長・相田美和子は、今注目の経営者として、40歳近くになっても保っているその美貌も相まって、たびたびマスコミに取り上げられる存在になっていた。
年が明けた1月中旬、今日もこうして雑誌のインタビューに答えている。
「相田さんがこのお店を始めたきっかけを教えてください」
「はい。あの、よく、おじさんが冗談で、
『おーい、注文した焼き魚、まだかー!』
『今、みみず捕まえて釣りに行ってるー!』
みたいなのがあるじゃないですか?」
「はい」
「それです」
「意味がわかりません」
「あの、よく、おじさんが冗談で、
『おーい、白飯まだかー!』
『今、田植えしたところやー!』
みたいなのがあるじゃないですか?」
「はい」
「それです」
「意味がわかりません」
と、美和子へのインタビューは、的を射ない場合がままある。

そこへ助け舟を出すのが、隣に座っている副社長の大橋健二である。
「あの、僕から説明しますね」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「何がですか?」
「顔、真っ赤で鼻水出てますが」
確かに、健二は暖房が効いた室内とはいえ、半袖のTシャツ一枚で、明らかに風邪をひいているっぽいのである。
「お気になさらずに。うつしませんから」
「また、出直しましょうか?」
「せっかくお越しいただいたのに、それは申し訳ない」
「で、では、お願いします」
「美和子は惚れっぽい性格でして、惚れた男性に手編みのセーターやマフラーを渡してアプローチするのが常なんです」
「はあ」
「で、凝り性なので、羊から育てるんです」
「羊から?」
「毛糸から凝るタイプなんです」
「な、なるほど」
「羊を育てて、羊毛を刈り取って、その毛糸でマフラーやセーターを編んで渡そうとするんですけど、羊毛を刈り取る前に恋が破れてしまう。相手が他の女性とお付き合いを始めてしまうんですね。悲嘆に明け暮れて羊を育てる美和子は、次の別な男性を好きになってしまう。そして、今まで育てた羊を食べてしまうんです」
「え、なんで!」
「違う男性のマフラーのために育てた羊の羊毛で、別の男性のためにマフラーを編むのは失礼だ、というのが本人の言です」
インタビュアーは、美和子を見る。
目が合った美和子は、静かにゆっくりと確実にうなづくのだが、そのうなづきがインタビュアーにはとても不気味に感じる。

健二はここで鼻をかみ、続ける。
「その恋も破れて、新しい恋のために羊を食べ、新しい羊を飼い、また恋破れて、新しい恋のために羊を食べ、と繰り返しているうちに、羊をさばく技術と美味しい食べ方を会得して、この羊肉専門店を開業した、ということです」
「ちなみに、うちの店、テーブルの席番を『タケシ』や『カズヨシ』や『タカフミ』などと男性の名前にしていますが、いずれも私がマフラーを渡したくて渡せなかった人たちの名前です」
美和子が余計な補足をする。
つまり、羊肉専門店「アイーダ」の席番の数だけ美和子が惚れ、恋が破れ、羊が犠牲になったということではないか。
インタビュアーはその事実に気づいたが、口に出せずにいる。しかし、これではインタビュアーとしての職務を果たせていないと意を決して、
「ち、ちなみに、マ、マフラーは、ど、どなたかに、わ、渡せたんですか?」
「いいえ、どなたにも」
美和子が答える。
「え、旦那さまには渡してないんですか?」
「旦那?」
「副社長さんに」
「私、旦那じゃないですよ」
健二が割って入る。
「ち、違うんですか?」
「僕の一方的な片思いです」
「私はその思いを利用して副社長にしてこき使ってるだけです」
美和子が自ら補足する。
「自分で言っちゃうんだ」
インタビュアーも呆気にとられる。
「私、追いかけられるのには興味ないんで。追いかけるのに興味あるんで」
迷いのない目で美和子は言う。
「僕、追いかけてるんですよ、美和子のこと。大学で出会ってから、もう、20年。店開くから手伝ってほしいと頼まれた時、嬉しかったなあ」
利用される健二の目にも迷いはない。
「でもね、それよりもたぶん、僕にとってもっと嬉しいだろうことがあるんです」
「そ、それはなんですか?」
「美和子の手編みのセーターかマフラーを貰うことです。それまで僕、冬も厚着をしないんです」
だからこいつは風邪をひいているのか、とインタビュアーは深く納得した。
「美和子の手編みのセーターかマフラーを僕は待っとんです。羊肉だけに」
「は?」
インタビュアーは聞き返す。
「いや、羊肉は英語でマトンですから、マトンと待っとんをかけたんです」
「ああ、そうですか」
インタビュアーは疲労困憊。
「せっかくだから、うちの羊肉、食べて行ってくださいな」
「さ、どうぞどうぞ」
美和子と健二が押し迫るのを、インタビュアーははねのける気力無し。

そのあと食べた羊肉の美味いこと、美味いこと。
美和子の恋が数多く破れ、その度に羊が犠牲になったことを思い出したとしても、それでも羊肉の美味いこと美味いこと。
みなさまも「アイーダ」の羊肉、ご賞味あれ。

【糸冬】

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