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ショートショートその23『鬼問答』/八五郎は思う。なぜ人間界のことわざに我々鬼が出てくるのかと。その疑問にご隠居が答える……

八五郎「御隠居さん、こんちは」

御隠居「おや、八つぁんかい、さぁ、こっちへお入り」

八五郎「実は、今、人間の勉強してまして」

御隠居「ほう、それは感心だな。『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』と言うしな」

八五郎「なんです、『敵の尻、己のお尻、百回かぐべからず』」

御隠居「何を言ってるんだ。『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』、敵の実力を調べて、さらに自分の実力をちゃんとわかってれば、百回戦っても負けることはない、という、ま、孫子の言葉だな」

八五郎「ソンシって、麻原彰光?」

御隠居「その尊師じゃない。人間の世界の、ま、戦争を研究した学者だな」

八五郎「ま、学者でも役者でも何でもいいや。ちょいとわからないことがあって、御隠居さん聞きに来たんですけどね」

御隠居「ほう、なんでも聞きな」

八五郎「人間の世界のことわざにね、我々鬼が出てくるんですよ。『鬼に金棒』って、どういう意味です?」

御隠居「これはな、ただでさえ強い鬼が、金棒を持ってさらに強くなる、という意味だ」

八五郎「ちょっと待ってくれよ、そりゃおかしいよ、御隠居」

御隠居「何がおかしい」

八五郎「『桃太郎』って話、知ってる?」

御隠居「知ってるよ」

八五郎「あの話じゃ、鬼は桃太郎と犬、猿、雉に退治されるんだよ。どう見たって鬼は強いってイメージじゃないね。なんなら、『桃太郎と犬、猿、雉に金棒』ってした方が、よっぽど強いや」

御隠居「あぁ、それはな、人間の方から見た桃太郎の話だからだ。鬼の方に伝わっている話は違う」

八五郎「違うんですか?」

御隠居「あれはな、まず、鬼が人を苦しめていると人間の世界では伝わっているが、先に鬼の領海に入ってきたのは人間のほうだ」

八五郎「リョウカイってなんです? 一反もめんとか、ぬりかべとか?」

御隠居「それは妖怪だ。まぁ、海の上の国境みたいなもんだな。今も竹島とか問題になってるだろ。ああいうのが、その当時、人間と鬼の間であったんだ。人間のほうが先に領海を越えて魚を捕ったりしていた。最初は鬼のほうも優しく注意するだけだったが、次第に人間のほうが度を越してきてな、鬼のほうも仕方なく武力で威嚇するようになった。それが、人間からすると苦しめられてると写ったんだろう」

八五郎「なるほどね。じゃ、人間の方が悪いんだ」

御隠居「そうだな」

八五郎「じゃ、なんで鬼退治に来たんです?」

御隠居「あれは鬼退治に来たんじゃない。平和的に交渉にきたんだ」

八五郎「へぇ、桃太郎ってのは、歌舞伎をやるんですか?」

御隠居「なんだ、歌舞伎ってのは?」

八五郎「幸四郎に来たんでしょう。染五郎は来たんですか? 松たか子は?」

御隠居「幸四郎じゃない。交渉。話し合いに来たんだな。その時、交渉が決裂して桃太郎にもしものことがあってはいけない、とボディーガードの役目をしたのが、犬、猿、雉だ」

八五郎「ボディーガードって言ったって、犬と猿と雉じゃ、たかが知れてるよ」

御隠居「犬、猿、雉と言っても、一般にイメージされているあんな貧相な連中じゃない。犬はドーベルマン、猿はゴリラ、雉ではなく本当はオオワシを連れてきた」

八五郎「そりゃ、強いね」

御隠居「強いってもんじゃない。ドーベルマン、ゴリラ、オオワシを連れた桃太郎と話し合って、では、ここまでが人間の領海で、ここからが鬼の領海ですね、と決め、友好の証として宝物を持たせて帰らせた、というのが、本当の『桃太郎』という話だ。それが、人間の方じゃ鬼を退治して宝物を取り戻した、と伝わっているんだな」

八五郎「なるほどね。……じゃさ、『鬼の目にも涙』って、これ、どういう意味?」

御隠居「どんなに無慈悲な人でも、時には暖かい人間味があるのだな、という意味だ」

八五郎「それも待ってくれよ、鬼だってしょっちゅう泣くよ。おれのお袋なんざ、韓流ドラマ見て、毎日泣いてやがら」

御隠居「これはな、ある事件がきっかけで出来た言葉なんだ。お前、『一寸法師』って知ってるか」

八五郎「知ってるよ。鬼が一寸法師てチビにやられる話だ」

御隠居「それもだいぶ真相は違っている。鬼が娘をさらいに来た、とあるが、本当は鬼はちゃんと手順を踏んで、娘に求婚したんだな」

八五郎「チューリップとかヒヤシンスを植えようとしたんですか?」

御隠居「その球根じゃない。プロポーズのことだ。鬼は一途にアプローチをしたな。花を贈ったり、話題のスイーツをプレゼントしたり、前から欲しがっていた絵をプレゼントしたり」

八五郎「……なんか、作者の実話も混じってるよ」

御隠居「なんだそりゃ。それでも、娘はウンと言わなかった。ふられ続けてもふられ続けても、鬼はアタックした。娘の方でも押しに押されたというかな、気持ちがグラグラって来て、鬼になびこうとしたところへ、横槍を入れたヤツがいた」

八五郎「それが、一寸法師?」

御隠居「そうだ。実は一寸法師というのはな、元はこの娘のストーカーだったんだ」

八五郎「ストーカー? あの時代にストーカーっていたんですか?」

御隠居「ま、一寸という小さいからだをいいことに、娘の部屋に忍びこんではいろいろ物色したり、着替えをじっと覗いてたりしてたんだが、この娘が鬼になびこうとわかったら、独占欲というやつだ。娘を自分だけのものにしたいと、鬼の前に立ちはだかったんだな」

八五郎「最低なヤツですね、一寸法師というのは」

御隠居「鬼は紳士だ。娘をかけて正々堂々と勝負をしようと一寸法師に持ちかけた。ただ、このまま戦っても、結果は目に見えている。そこで、この打ち出の小槌で、一寸法師を自分と同じ大きさにして、それから勝負しようって言ったんだな」

八五郎「へぇ、その鬼はえらぇんですね」

御隠居「打ち出の小槌で大きくなった一寸法師だが、小さいときに気付かなかったんだが、大きくなってみれば、これがまた、いい男で、娘は一寸法師に一目惚れ。勝負するまでもなく、娘は一寸法師にとられちまった。鬼としてみれば、せっかく自分がフェアプレイ精神を発揮したために、せっかくうまくいきかけた娘との中がオジャンになった。さすがの鬼も泣かずにはいられない。それを見た人々が、『あぁ、かわいそうに、鬼の目にも涙』だな、と言ったのが、この言葉の始まりだ」

八五郎「なるほどね。悲しい物語だったんだ。……じゃさ、『鬼の居ぬ間に洗濯』ってのは?」

御隠居「こわい人がいない間に、羽を伸ばす、という意味だ」

八五郎「これもおかしいよ。俺だったら鬼がいない間に昼寝してるよ」

御隠居「実はな、『一寸法師』には続きがある」

八五郎「いや、あっしは『鬼の居ぬ間に洗濯』を聞きたいんで」

御隠居「黙ってお聞き。一寸法師と娘は結婚したが、娘はお嬢様育ちだから、家事を一切しない。炊事・洗濯なんかは全部一寸法師がやってたんだな」

八五郎「あらら、座布団になったんだな」

御隠居「なんだ、そりゃ」

八五郎「尻に敷かれちまってら」

御隠居「くだらないね、そりゃ。一方、鬼のほうでも娘をあきらめきれないから、毎日のように娘を訪ねてきた。その応対を一寸法師がしてたんだが、家事が山のようにたまっている、その上、鬼は毎日尋ねてきて玄関で長居する。鬼がいない間に洗濯を済ませないと嫁さんに怒られちまうということで、『鬼の居ぬ間の洗濯』だ」

八五郎「ありゃ、一寸法師のセリフだったんですか」

御隠居「娘は人が変わってしまった。清楚で純情可憐な面影はすっかりなくなり、一寸法師をこき使って、自分は毎日寝そべってテレビを見る『鬼嫁』になってしまった」

八五郎「あらら、鬼を追い払ったてのに、嫁さんが鬼になっちゃ、世話ないや」

御隠居「それに耐えかねた一寸法師はそのうち、外に女をつくった。名前を『ふく』と言ってな、まぁ、ぽっちゃりとした気立てのいい女だ。ある日、鬼嫁が病気になった。『鬼の霍乱』というやつだ。一寸法師はそれいまだ、と鬼嫁を追い出して、この『ふく』という娘を家に入れたんだ。これが『鬼は外、福は内』ってやつだ」

八五郎「へぇ、元々、節分てのは、一寸法師の浮気の話だったんすね」

御隠居「これで幸せに暮らせると思ったら、そうはいかない。この『ふく』という後妻さんも、やがて『鬼嫁』になっていったんだな。それで一寸法師は言った。『あぁ、渡る世間は鬼嫁ばかりだ』」

八五郎「……ありゃ、『渡る世間に鬼はなし』ってんじゃねぇですか?」

御隠居「一寸法師はたまらず、この新しい鬼嫁に『心を鬼にして』、年が明けたら離縁する、と言ったんだな。そしたら、この新しい鬼嫁はゲラゲラ笑い出した」

八五郎「どうしてです?」

御隠居「来年のことを言ったもんだから、鬼が笑ったんだ」

【糸冬】

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