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ショートショートその56『ダイナマイトキャンペーン』/「お前のダイナマイトキャンペーンは、ダイナマイトキャンペーンじゃねぇなぁ……」 部長のその一言から、宮地による真のダイナマイトキャンペーン探しが始まった……
「お前のダイナマイトキャンペーンは、ダイナマイトキャンペーンじゃねぇなぁ……」
その一言が、宮地の脳裏に爆弾のように突き刺さった。
企画書を突き返した部長の言葉は、まるで暗号のように意味不明で、かつ痛烈な真実を含んでいるように思えた。
三ヶ月かけて練り上げた販促企画だった。
目玉商品の大幅値引きと、SNSを活用した口コミ戦略。
従来のやり方を根本から見直し、若い層を狙った斬新なアプローチ。
宮地は自信に満ちていた。
このキャンペーンで、停滞気味の売上は必ず上向く——。
そう確信していた。
だからこそ、部長の言葉は宮地の心を深く抉った。
「ダイナマイトじゃない」とはどういう意味なのか。
爆発的なインパクトが足りないということか。
それとも、もっと本質的な何かが欠けているのか。
その日から、宮地の探求が始まった。
電車の中で、
街を歩きながら、
食事をする時も、常に「真のダイナマイト」について考えた。
成功した他社のキャンペーンを研究し、マーケティングの本を読みあさった。
しかし、答えは見つからない。
ある日、古い映画館で『荒野の七人』を観た宮地は、ダイナマイトで岩山を爆破するシーンに目を奪われた。
爆発は岩を粉砕しただけでなく、新たな道を切り開いていた。
その瞬間、閃いた。
ダイナマイトとは、ただ破壊するだけのものではない。
それは古い殻を打ち砕き、新たな可能性を切り開く力だ。
顧客の心の中の障壁を取り除き、新しい価値観への扉を開く——。
それこそが「真のダイナマイトキャンペーン」ではないのか。
宮地は机に向かった。
今度は違う。
商品の値引きや派手な宣伝文句は最小限に抑えた。
代わりに製品が持つ本質的な価値を、物語として紡ぎ出した。
顧客の潜在的な悩みや願望に寄り添い、その解決策を提示する。
そして、その体験を共有できるコミュニティの場を設計した。
「これだ」
完成した企画書を見つめながら、宮地は静かにつぶやいた。
書類の表紙には、控えめに「ダイナマイトキャンペーン ver.2」と記されていた。
部長の机に企画書を提出する時、宮地の手は震えていなかった。
なぜなら、今回の企画には確かな手応えがあった。
それは、自分自身の中の古い殻を打ち砕き、新たな地平を見出す旅の成果だった。
部長は黙って企画書に目を通し、最後のページで初めて顔を上げた。
「お前のダイナマイトキャンペーンは、ダイナマイトキャンペーンじゃねぇなぁ……」
またしてもその一言。
宮地の脳裏に爆弾のように突き刺さった。
今度の企画書も、突き返された。
一度目は派手な販促戦略、
二度目は顧客価値の再定義。
どちらも自信作だった。
しかし、部長の評価は変わらない。
「何がダメなんです!」
オフィスの廊下で、宮地は声を荒げていた。
「本物のダイナマイトを知らないやつに、ダイナマイトは語れない」
部長は得意げに言い残し、背を向けた。
その夜、宮地の理性は完全に吹き飛んでいた。
インターネットで独学した火薬の知識、建設現場から調達した資材。
あの廃工場なら、誰にも迷惑はかからない。
スマホで撮影して、史上最高のプレゼン動画を作ってやる。
宮地は廃工場に忍び込み、颯爽と火薬を仕掛けた。
仕掛けながら「ふっふっふ」と不気味に笑っている自分に酔いしれた。
タイマーをセットし、スマホのカメラを構える。
完璧な位置を見つけるため、何度もアングルを確認。
インスタ映えを意識して縦構図に。
「5、4、3、2、1——」
轟音が耳を突き破った。
眩い閃光が網膜を焼き付ける。
想定の倍以上の破壊力に、宮地の体が宙を舞った。
空中で一回転。
まるでスポーツドリンクのCMのような優雅な一回転——と思ったのも一瞬、背中から泥濘に叩きつけられる。
「ぐはっ!」
転がる宮地の周りで、鉄骨や壁の破片が雨のように降り注ぐ。
コンクリートの塊が、スマホを木っ端微塵に。
宮地は這いずって逃げようとしたが、その時、天井が崩れ落ちてきた。
「あ"あ"あ"あ"ーーーーっ!!」
目覚めたのは病院のベッド。
全身包帯まみれの宮地を、部長が静かに見下ろしていた。
刑事も二人、部屋の隅で厳しい表情を浮かべている。
「部長…ついに、本物のダイナマイトを…」
「バカモノ!」
部長は怒鳴った。
「俺が言ってたダイナマイトキャンペーンは、スーパーの特売の目玉商品をダイナマイト商品って呼ぶアレだよ! 98円均一!とか」
「え?」
「そう!近所のスーパーがやってるような、安売りのことだよ!本物の爆弾作るとか発想がぶっ飛びすぎだ!」
「はあ!?」
宮地は叫びそうになったが、全身の痛みで呻き声しか出ない。
「ところで」
部長は急に声を潜めた。
「その…爆発の動画、撮れた?」
「スマホが粉々です…」
「そっか…」
部長は少し残念そうだった。
「実はさ、YouTubeにでも上げたら伸びるんじゃないかと思ってたんだよね…まあいいや」
宮地は天井を見つめたまま、ため息をつく。
包帯の隙間から差し込む陽の光が、なんだかひどく虚しかった。
これが「真のダイナマイトキャンペーン」を追い求めた男の、滑稽な末路である。
なお、宮地は懲役5年の実刑判決を受けたが、更生後はホームセンターの特売セール担当として大活躍したという。
【糸冬】