ショートショートその34『パーカーの王様』/『王様がパーカーなんて!』庶民の意見に追い詰められた仕立て屋が用意した衣装は……
【 第一幕:仕立て屋の苦悩】
むかしむかし、ある国に、とても気の弱い王様がいました。
王様は毎日、自分の服装について悩んでいました。
というのも、この国では、王様の服装について、誰もが自由に意見を言えることになっていたからです。
ある日、宮廷で一番腕のいい仕立て屋が、王様に新しい服を仕立てることになりました。
仕立て屋は、最近の流行りものを研究して、真っ先にパーカーを提案しました。
「これなら楽チンで、王様もリラックスできますし、お若い方々にも親しみやすい印象を与えられます」
しかし、その提案を聞いた人々は、すぐさま意見を述べ始めました。
「なんてことを! パーカーなんて、王様にふさわしくありません!」
「そうそう! 王様はもっと威厳のある服装をすべきです!」
「これでは、ただの若者のように見えてしまいます!」
仕立て屋は慌てて、次の案を出しました。
きらびやかな宮廷服です。
すると今度は、
「そんな派手な服じゃ、庶民との距離が遠くなってしまいます!」
「時代錯誤もいいところです!」
「税金の無駄遣いですね!」
そこで仕立て屋は、質素な紳士服を提案してみました。
「これじゃあ、ただのサラリーマンです!」
「王様の品格が下がります!」
「もっと個性的な服装をすべきです!」
仕立て屋が個性的な服装を出すと、
「奇抜すぎます!」
「王様が道化師みたいです!」
「センスがありません!」
伝統的な民族衣装を出すと、
「古臭いです!」
「なんだか息苦しそうです!」
「現代的ではありません!」
現代的なスーツを出すと、
「没個性的です!」
「つまらなすぎます!」
「王様らしくありません!」
仕立て屋は頭を抱えました。
提案する服が減れば減るほど、人々の意見はますます厳しくなっていきました。
王様は黙って様子を見ているだけでしたが、その表情は徐々に曇っていきました。
やがて仕立て屋は、自分の置かれた立場に気づき始めました。
人々は自由に意見を言えることを喜んでいましたが、その意見の数々が、選択肢を一つずつ潰していっているのです。
このままでは…このままでは…。
仕立て屋の目に、ある閃きが宿りました。
それは、とても危険な閃きでした。
【第二幕:仕立て屋の策略】
その夜、仕立て屋は宮廷に呼ばれました。
「どうにもならんのかね?」
王様はため息まじりに言いました。
「人々の意見は、どれも正しいようでもあり、間違っているようでもある。わたしにはもう、何を着ればよいのか、さっぱりわからなくなってしまった」
仕立て屋は、昼間ひらめいた策略を実行に移すことにしました。
「陛下、実は、とっておきの布地がございます」
「ほう?」
「この布地で作られた服は、賢い人にしか見えないのです。愚かな人には、まったく見えません」
「な、なんと!」
「そうです。これなら、意見をする人も慎重になるはずです。愚かと思われたくない人々は、きっと『すばらしい!』と言うでしょう」
王様は半信半疑でしたが、これ以上の選択肢もないと考え、その提案を受け入れました。
仕立て屋は、見えない布地で服を仕立てるふりをしました。大臣たちは、何も見えないのに、
「なんとすばらしい生地!」
「なんと優美なデザイン!」
と声を揃えました。
パレードの日がやってきました。
王様は、見えないはずの新しい服を着て、街頭に繰り出しました。
群衆は、最初のうち、驚きの声もなく、ただ黙って見守っていました。
誰も「愚か者」と思われたくなかったからです。
ところが、群衆の中から、一人の子どもの声が響き渡りました。
「王様は裸だよ!」
群衆がざわめき始めました。
その時です。
突然、仕立て屋が群衆の前に躍り出ると、思いもよらぬ大声で叫び始めました。
「うるせえ! てめえら庶民がぶちぶちうるせえから、こうするしかなかったんだよ!」
群衆は凍りつきました。
しかし、仕立て屋は止まりません。
「パーカーはダメ! スーツもダメ! 民族衣装もダメ! 宮廷服もダメ! 何を出しても文句ばっかり! 一個一個否定していったら、最後は裸になるしかないんだよ!」
仕立て屋の叫び声は、次第にすすり泣きに変わっていきました。
「みんな自由に意見を言いたがる。でも、その意見が、どんどん服を脱がせていく。最後に残ったのは…これだ! 見えない服だ! 見えない服しか、もう着られないんだよ!」
群衆は、言葉を失いました。
子どもたちは不思議そうな顔で空を見上げ、大人たちは地面を見つめました。
そして王様は、その場に立ち尽くしたまま、ただ震えていました。
夏の陽射しが、裸の王様を照らしていました。
【第三幕:自由という名の檻】
仕立て屋の叫びは、まるで魔法の呪文のように人々の心に響きました。
群衆の中から、一人の若者が声を上げました。
「そうか…私たちは、自分で自分を縛っていたんだ」
続いて、おばあさんがつぶやきました。
「ああ、あの時パーカーでも、なんだって良かったんじゃないかね」
すると、まるで堰を切ったように、人々の本音が溢れ出しました。
「実は私、王様のパーカー姿、かっこいいと思ってたんだ」
「私も! でも、みんなが反対するから…」
「私なんて、あの民族衣装が素敵だと思ったのに、空気読んで反対しちゃった…」
その時、王様が静かに咳払いをしました。
群衆が一斉に振り向くと、王様は穏やかな笑顔を浮かべていました。
「わたしも、実はパーカーが着たかったのじゃ」
思わぬ告白に、群衆からどっと笑いが起こりました。
その日から、人々は「王様のおかげで人の目を気にしなくていいことを知った」と口々に言うようになりました。
王様は、まるで悟りを開いた聖人のように崇められるようになったのです。
streets are paved with gold
通りには黄金が敷き詰められ…というわけには、残念ながらいきませんでした。
というのも、見えない服の仕立て代は、とてつもない額だったのです。
王様は「人の目を気にしないことには、コストがかかる」と言って、増税を決めました。
人々は、最初こそ不満を漏らしましたが、「文句を言うのも人の目を気にしなくていいと開き直るようになりました。
すると王様も「増税するのも人の目を気にしなくていい」と応じ、さらなる増税を行いました。
ある日の早朝、王都の広場に大勢の民衆が集まっていました。
「革命を起こすのだって、人の目を気にしなくていいよね?」
リーダーらしき青年が、にこやかにそう言うと、群衆は歓声を上げました。
「そうしよう! そうしよう‼︎」
その日の午後、王様は処刑台の上で、最後の言葉を述べることを許されました。
「人の目を気にしなくていいということは、本当に面白いものじゃな」
その瞬間、ギロチンの刃が光りました。
こうして物語は幕を閉じました。
人々は、今でも「人の目を気にしなくていい」という言葉を、まるでお守りのように唱え続けています。
仕立て屋?
ああ、仕立て屋は今でも王都で服を作っています。
でも、もう誰も彼の店に文句は言いに来ません。
「お客様の目に見える服を作ります」
そう書かれた看板の下で、仕立て屋は自分の好きなように服を作っています。
パーカーもあれば、宮廷服もある。
派手な服もあれば、地味な服もある。
「他人の目なんて気にしなければよかった」
と、仕立て屋は時々、独り言を言うそうです。
そして、自分の作った服を着て颯爽と歩く人々を見ては、こっそり微笑んでいるのだとか。
ただし、店の隅には、小さな「見えない服」の展示ケースが置かれています。
中は空っぽですが、その横には小さな札が下がっています。
『これは、私たちが他人の目を気にしすぎた時の愚かさの記念です。
元・宮廷御用達仕立て屋』
【糸冬】