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ショートショートその66『残酷な正義の成敗』/悪の組織の女総裁が、正気を失った状態で神社で発見された。その周りには恐ろしい写真が並べられており……
深夜の神社は異様な静けさに包まれていた。
防犯カメラは、一人の女性が本殿に向かって這うように進む姿を捉えていた。
仮面イレイザーと激闘を繰り広げていた国際犯罪組織「ブラックファング」の総帥として知られる彼女は、不自然な動きで本殿の扉を開け放ち、中へと転がり込んでいった。
発見時、彼女は「どうか首を、首を消してください...」と繰り返し、神に祈りを捧げるような仕草を見せていた。
すでに正気は失われていた。
彼女の周りには、何かの儀式めいた幾何学模様を描くように、恐ろしい写真が並べられていた。
3ヶ月前……
「報告します」
地下会議室で戦闘員Aが声を上げた。
マッドサイエンティストは実験着のポケットから手を抜き、女総裁は静かに視線を上げた。
「サイクロプスエイプの件ですが、倒されました。ただし...今回は、これが」
テーブルの上に置かれた箱を見た瞬間、マッドサイエンティストは息を呑んだ。
彼の最新作である猿をモチーフにした怪人の首が、完璧な切断面とともに中に収められていた。
「切断面を見てください。通常の刃物では、ここまでの切断は...」
女総裁は冷静に頷いたが、その指先が微かに震えているのを、二人は見逃さなかった。
これまで、怪人は仮面イレイザーのキックによる爆発で木っ端微塵にされていた。
それが、今回の残酷な成敗である。
「ど、胴体は?」
女総裁はかすれた声で聞いた。
「私、陰から一部始終を見ていましたが……」
戦闘員Aは一度口ごもってから、
「胴体だけを縦に地面に串刺しにしてから改めていつものキックで粉砕されました」
それから二週間、状況は急速に悪化していった。
新たな怪人が倒される度に、その首だけが組織に届けられた。
マッドサイエンティストの分析によれば、切断時の熱は回を追うごとに上昇し、苦痛も増していた。
「現場での様子も変わってきています」
戦闘員Aが報告する。
「あの正義の味方らしい説教が、完全になくなりました。ただ...沈黙のまま」
三ヶ月が経過した頃、組織の崩壊は決定的となっていた。
戦闘員の離反が相次ぎ、マッドサイエンティストは新たな怪人の開発を拒否するようになった。
届けられるメッセージは「悪の根絶」から「浄化」「粛清」「贖罪」へと変化し、その筆跡は次第に狂気じみた乱れを見せ始めた。
そして昨夜、すべてが終わりを迎えた。
過去に送られてきた全ての生首の写真が、曼荼羅のような神聖な幾何学模様を描いて並べられた一枚の写真となって届いた。
女総裁はそれを見つめ、混乱した様子で「これは...浄化...なのか」と呟いた。
マッドサイエンティストは狂気じみた笑みを浮かべ、「私たちこそが正義だったのかもしれない」と告げた。
戦闘員Aは、最後の怪人が残した言葉を伝えた。
「あんたはもう、俺たちと同じだ」
その時、女総裁の中で何かが決定的に崩壊した。
「そうか...神に...神に許しを...」
彼女は立ち上がり、写真を手に執務室を出た。
防犯カメラは、かつて世界に名を轟かせた悪の女帝が、一枚の写真を胸に本殿へと這いずり寄る姿を無情に記録している。
調書には「元悪の組織の首領が、なぜ神に救いを求めたのか」という疑問が記された。
しかし、彼女の口から「首を消してください」という祈りの言葉以外、何も聞き出すことはできなかった。
仮面イレイザーこと天風寺和馬の思惑通り、残酷な成敗によって悪の組織は壊滅した。
正義と悪の抗争に終止符を打つための、苦肉の策であった。
天風寺和馬は、キヨスクで新聞を買い求めた。
悪の女総裁が神社の本殿で保護されたのち、逮捕されたことが一面に載っている。
論調は悪の女総裁に同情的で、「仮面イレイザーの成敗は異常だったのではないか」という旨のことを書いており、どのメディアも概ね同じ論調であった。
ちなみに、三ヶ月以上前の世間の論調は「仮面イレイザーは甘い」というものであった。
天風寺和馬は買ったばかりの新聞をゴミ箱に放り込んだ。
【糸冬】