誕生日のこと。(その1)
2019年6月9日日曜日。
映画「モデル 雅子 を追う旅」公開47日前。
気がついたら、僕の誕生日だった。
雅子と僕は誕生日が近い。
女性にプレゼントを贈るのは決して苦手ではなかったけれど、
雅子と付き合いだしてからは勝手が違う。
相手のほうが見識も経験も格段に上。下手な知ったかぶりでは贈れない。
そして2006年にして、
雅子はすでに「あまり持たない」ことを意識していたと思う。
モデルだからといってゴテゴテしたブランド品に囲まれておらず、
かえってシンプルで絞った揃えっぷりだった。
だから自然と誕生日は、物を贈り合うことなく、
互いの好きなものを好きなだけ奢ってあげる、
という「食い気」な方向になった。
なんとなくそう決めてもう4年経った、2010年。
7月下旬の週末に雅子の誕生日がやってきた。
アスファルトに靴底が貼り付きそうな暑さの中、仕事を終えた。
まだ鰻屋さんの予約には時間がある。
ふと思い立って渋谷に寄り道した。
思い切って入ったのは東急本店の「エルメス」。
確かに上質なものが揃っている。感嘆するばかり。
お値段にも別の意味で感嘆。こりゃ大変だな…。
と思ってみていたら、声がする。
「こっちおいで」
寄ってみたら、ユーモラスな魚がこっちを見ていた。
小さな「カレ」。これならなんとかなりそうだ。
僕は生き物好きなので、
このデザインを「らしい」と思ってくれるだろう。
きっと雅子は自分ではこういうの選ばない。
めずらしく「物を贈る」誕生日になった。
やっとそういうことが出来る身の丈になった。
「わーすごい、何これ?」
の後に、
「……うひひひ」
と雅子は笑った。