Pink Floyd / Atom Heart Mother
大体どんなバンドでも名刺代わりになるアルバムを作り、商業的大成功を得ることは夢だ。
しかしこんな事が許されていいのだろうか? このアルバム『Atom Heart Mother / 原子心母』、そして『Meddle / おせっかい』、それに『Dark Side of The Moon / 狂気』。見事な仕上がりの三作を、立て続けにリリースしたピンク・フロイドは凄い。当時いくらバンドが絶頂期を迎えていたとしても、だ。
これはバース、掛布、岡田の伝説的な”甲子園バックスクリーン3連発”と同じぐらい強烈だ。そしてピンク・フロイドは一躍世界的有名バンドとなる。
さて、本作はプログレッシヴ・ロックを確立した名盤といわれている。しかし23分を超えるタイトル曲《Atom Heart Mother / 原子心母》は、現代音楽のテイストを加味したロック版の標題音楽みたいなものではないだろうか。
この曲は、微かな草と土の匂いをも含む、イギリスの田園地帯での生活を描写した一枚の絵巻のようだ。そこでの出来事を描くため、バンド・メンバーが演奏する楽器以外にも、チェロやヴィオラ、ブラス・バンド、コーラス隊などを加えてサウンドに変化と奥行きを持たせつつ、組曲のように異なるスタイルのパーツを連続的に結びつけている。
原曲はギタリストのデヴィッド・ギルモアがコンサートツアー中に思いついたインストゥルメンタル・ナンバーで、ギルモアは当初この原曲を《Theme from an Imaginary Western》(直訳:架空の西部のテーマ)と呼んでいたそうだ。やはりこの曲には地域・場所・風景等の地理的なイメージが最初からあったのかもしれない。
またこの曲ではピンク・フロイド独特の”音響美学”的なアプローチと、録音テープの編集作業による”サウンド・コラージュ”的な手法が用いられている。このスタイルは後の名作『Dark Side of The Moon / 狂気』にて結実する。
これらの手法はプログレッシヴ・ロックの音楽的な特徴とも言えるが、プログレッシヴ・ロックがその存在理由として持っていた批判性、否定性が浮き立たせる心の奥底の闇の部分、といった精神的な特徴は《Atom Heart Mother / 原子心母》から感じ取るとこは出来ない。
つまり音楽的にはプログレッシヴ・ロックであるが、その精神性について言えば、タイトル曲《Atom Heart Mother / 原子心母》及びアルバム全体は、さほどプログレッシヴ・ロックとは言えなようだ。
こんな事を書くと小難しそうだが、振り向く牛の後ろ姿が印象的なアルバム・ジャケットをぼんやり眺めながら聴くのがお勧め。タイトル曲を見事にビジュアル化したヒプノシスのデザイン・ワークは素晴らし。ちなみにジャケットに登場する牛の名前はルルベル3世らしい。
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