Leon Russell / Leon Russell
2004年6月20日に他のサイトへ掲載した原稿を加筆修正しました。==================================
長年セッション・ミュージシャンとして裏方仕事に励んできたレオン・ラッセルにも遂に表舞台に出る時がやって来る。
大所帯のバンドをまとめ上げるレオン・ラッセルの実力を高く評価していたイギリス人プロデューサーのデニー・コーデルは子飼いであったジョー・コッカーとレオン・ラッセルを合体させた。
ジョー・コッカーのNY・フィルモア・イーストでのライブ(1970年3月)では約40人ほどの大世帯のバックバンドを仕切ることになり、その時のライブを収録したアルバム『Mad Dogs & Englishmen / マッド・ドッグス&イングリッシュメン』は大ヒットし、ジョー・コッカーと共にレオン・ラッセルの存在を知らしめた。
この頃からレオンはロック・シーンに浮上し、その名を轟かすことになる。
そして1971年8月、ジョージ・ハリスン主催のチャリティ・コンサート『バングラデシュ難民救済コンサート』への出演がレオンの名声を決定づけた。
『Leon Russell / レオン・ラッセル』はそんな時期にリリースされたレオンのファースト・アルバムだ。
収録されている大半の曲はリリース前年の1969年9月にイギリスで収録されたもので、時期的にはレオン・ラッセルがジョー・コッカーと一緒に “マッド・ドックス&イングリッシュ・メン” で大活躍する直前あたりだと思われる。
もぐもぐしながら独特の渋い声で歌い上げる彼の代表曲《A Song For You》だけではなく、《Delta Lady》や《Hummingbird》などの佳曲揃い。
レオンのヴォーカルは決して上手いとは言えないが、実に味のあるヴォーカルだ。サウンド的には70年代初頭からロック・シーンを席巻するサザン・ロック、スワンプ・ロックの先駆的アルバムともいえる。
さて、バックでレオン・ラッセルを盛り上げる連中達だが、これが豪華で、ジョージ・ハリスン、エリック・クラプトン、スティーブ・ウィンウッドなど、そうそうたるメンバーが集結した。これはレオンの人徳(?)だけではなく、レオンと一緒にシェルター・レーベル(オクラホマ州タルサ)を立ち上げたデニー・コーデルの力も大きいだろう。
しかし残念ながらシェルター・レコードは1976年に倒産し、レオン・ラッセルもシーンからフェイド・アウトしてしまう。
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