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“雪に耐えて梅花麗し”

キーパーというポジションは残酷である。

試合に出るためには“正守護神”という僅か1つの席をチーム内で争う必要があり、シーズンを通して1試合も出場がないということも珍しくない。

また、一瞬のミスが失点に直結し批判の矢面に立たされることもしばしばだ。

我がチームにも、かつてポテンシャルの高い多くのキーパーが在籍したが、十分に出場機会が得られないまま退団したり、怪我などの影響で選手生命にピリオドを打ったりしている。

近年では韓国をはじめとする他の国籍の選手が守護神を務めるチームが増えていることもあり、日本人キーパーにとっては正念場となっている。

正守護神を務めているキーパーはJ2でこそ東京Vのマテウス選手、徳島のスアレス選手ぐらいだが、J1にはランゲラック選手、ヤンハンビン選手等各国の代表レベルの選手がゴールを守っているケースも多々あるため、Jリーグで日本人キーパーが活躍することは多くの困難が付き纏う。

我が軍、甲府のゴールには永らく河田晃兵という漢が堅固な鍵をかけている。
2013年の加入以降、幾度となく甲府の窮地を防ぎ、勝利をもたらしてきた漢だ。

日本サッカー史に残る試合を繰り広げた天皇杯(JFA第102回全日本サッカー選手権大会)では決勝戦で2度のPKストップを決め、甲府のエンブレムの上に輝く星をもたらした。

今シーズンも絶大な信頼と衰え知らずの抜群のセービングでチームの勝利に貢献してきた河田だが、J2第28節、アウェイで行われた栃木SC戦のスターティングラインナップに彼の名前はどこにも無かった。

スタメンには見慣れない名前があった。

山内康太(こうだい)

県内出身かつ甲府ユース出身の生え抜きである。

カンセキスタジアムまで駆けつけたファンサポーターの声援を受け、ピッチに姿を現した彼の目からは“やってやるぞ”という強い覚悟を感じた。

ゴール裏からの

山内康太ラララララ〜山内康太ラ〜ラララララ

の大合唱にエンブレムを拳で叩き応えた彼の姿を見て、頼もしく感じたサポーターは私だけではないはずだ。

試合は0-3で敗れてしまったものの、落ち着いたコーチングとハイボールの処理、随所で見せたセービングには光るものを感じた。

本人も試合後、

「失点に絡んだ事実はあるが、トレーニングで求めていたものは発揮できたところがあるのでマイナスだけじゃなかった」

と語ったように、ほろ苦さの中にも自信や手応えを感じていた。

今後、ACLなどで試合経験を積んで成長してほしいと願っていた矢先、チームに激震が走った。

いわきグリーンフィールドで行われたいわきFC戦の試合開始僅か数分後だった。

相手の決定機を防ごうとゴールを飛び出した河田がピッチに足を取られ負傷。プレーの続行が不可能と判断され、交代を余儀なくされた。

代わりにピッチに立ったのは愚直に努力を続けてきた背番号33だった。

甲府サポーターのNoメガホンの大声援を背にピッチに立った。

「康太頑張れ」「頼んだぞ!」

甲府サポーターからは激励の言葉が飛び交う。
それに応えるように大きく息を吸いエンブレムを叩くと、山内は見事なセービングと落ち着いたプレーで前半のいわきの猛攻を1失点で抑えた。

迎えた後半にはPKの絶体絶命のピンチ。
これを完璧な読みで見事にストップすると最後まで集中を切らさず、チームを鼓舞し続けた。

酷暑のいわきの地で苦しくももぎ取った勝ち点1は彼の活躍で勝ち取ったものと言って過言はないだろう。

続く磐田戦でもゴールを守った山内は鋭い反応でスーパーセーブを連発。試合にこそ敗れたが、甲府のゴールには新たな“守護神”の姿が間違いなくあった。

本日(8月23日)、河田晃兵の今季絶望とも捉えることができる心が傷むプレスリリースがクラブから発表された。彼の活躍なくしては天皇杯優勝及びACL出場はなし得なかったので、居た堪れない気持ちになってしまうが、甲府には頼もしい守護神達が控えている。

ここから続く連戦に向けてフロントは京都サンガFCから東京五輪で日本代表と激闘を繰り広げたニュージーランド代表のウッドを獲得。
天皇杯鹿島戦で安定感あるプレーを見せた渋谷飛翔を含めて、競争が生まれることは間違いない。

彼の人間性に目を向けると、日頃のトレーニングから努力を怠らず、常に準備をしっかりと行っている誠実な人柄が垣間見える。

甲府ユース出身でキーパーを務めていた筆者の友人に話を聞くと、

「面倒見が良くて誰にでも優しい。」
「ボールボーイにはありがとうと聞こえる声で伝えたり、親身に相談に乗ってくれたりする人間的に素晴らしい人。」

と完璧な回答が返ってきた。

勿論、贔屓するつもりは全くないが、筆者自身、山内康太という漢に魅せられ、期待を強くしている1人である。

腐らず日頃から愚直に努力を続け、勝ち取ったスタメンの座。そう易々と手放す訳にはいかない、いや、いけないのは本人が1番わかっているはずだ。

かの、西郷隆盛が遺した言葉に“耐雪梅花麗“という言葉がある。これは広島東洋カープの名ピッチャーだった黒田博樹投手の座右の銘でもあり、

雪に耐えて梅花麗し”と読む。

厳しい雪の寒さに耐えてこそ、梅の花は美しく咲くように、人間も多くの困難を経験してこそ、多くのことを成し遂げられる

という意味の言葉である。

守護神河田の負傷というピンチをチャンスに変え、これから待ち受けているであろう困難に打ち勝てた時、#33は名実ともに青赤の“守護神”になれるのではないだろうか。

彼が大輪の梅の花を咲かす日はそう遠くないのかもしれない。

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