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【ディスクレビュー】仮想世界の歌姫の面目躍如 AZKi メジャー1stアルバム「Route If」

イノナカミュージック所属時代にリリースしたアルバム「Re:Creating world」から、約3年7カ月ぶりのリリースとなるホロライブ所属Virtual Diva AZKiのアルバム「Route If」。「声の温度」をコンセプトにしたそのアルバムには、AZKiの多彩な歌声を堪能できる全11曲が収録されている。

その構成は、ポエトリーリーディングでAZKiの声を素材の味そのまま味わえる「Lazy」と、AZKiと瀬名航のシナジーを存分に感じる「エントロピー」から始まり、コミカルなメロディと執拗なまでの押韻がシンプルに楽しい「まいすとらてじー!」、ゲーム音楽を思わせるピコピコ音に小悪魔的なAZKiの歌声が映える「Operation Z」、疾走感のあるロックナンバー「Chaotic inner world」と、熱い温度の曲が続きにわかに盛り上がりを見せる。

そこから小気味よいドラムとは対照的な不器用に精一杯生きる人の歌「明けない夜があったなら」、壮大なメロディと豪華なサウンドで聴く人を鼓舞する「エトランゼ」、ライブで一緒にシンガロングしたくなる「午後8時のコーラスソング」、悲壮感あふれる歌声が胸を締め付ける「夜の輪郭」、何でもない日常の尊さを感じさせてくれる「map in the cup」、とジェットコースターのように声の温度も大きな振れ幅で、こちらの感情を揺り動かしてくる。

最後はAZKiのアンセムとも言える「いのち」のリメイク「いのち(2024.Ver)」で締めくくられており、10曲目まで様々なジャンルの音楽に挑戦し続けてきたAZKiの成長を感じ、最後はAZKiの真骨頂のバラードに帰ってくる。アルバムの中でAZKiの変わった姿と変わらない姿をしっかりと魅せてくれた。

ホロライブ公式サイトにあるAZKiの紹介文を引用する。

「Virtual Diva AZKi 仮想世界の歌姫!音楽と歌うことが大好き!」
時間や場所、空間を飛び越えて出会う輝いた才能と一緒に、新しい世界を創るために転生した仮想世界の伴走する歌姫。

今回多くの才能と共に作り上げた新しいアルバムは、彼女の活動コンセプトと合致することがしっかりと伝わる。これからも時間や場所、空間を飛び越えて彼女がどんな音楽シーンを開拓していくかとても楽しみだ。


以下、各楽曲の感想を個別に述べていく。

Lazy

「声の温度」をコンセプトにしたアルバムの最初の曲にポエトリーリーディングを持ってくる発想に思わず膝を叩いた。語るように歌うAZKiの声を素材の味そのままに堪能できる。間奏のラララが耳をくすぐり、「わっ」や「おいしそ」という芝居がかったセリフも歌の中の良いアクセントになっている。声の温度を「冬にだけ可視化される」と表現する作詞のセンスには脱帽。

エントロピー

AZKiの可愛さを前面に出したポップチューン。ポカポカお日様を感じる爽やかなメロディに乗せてAZKiが軽やかに歌う。音は前向きな陽のオーラを感じさせるが、歌詞は「私がただ幸せだったら悔やむことさえなかったら 心に眠った衝動に気付くこともないから」と陰を感じさせる。この100%前向きではないあたりがAZKiの味だ。「でも私が選ぶのは「ありえない」の向こう側」という歌詞は、まさにアルバムタイトルの「Route If」のことだろう。ルートαで終わるはずだったAZKiの物語が今もこうして続いて、まだ誰も知らない未来のルートへと繋がっていく。

まいすとらてじー!

初見では歌詞の内容が全然頭に入ってこないにも関わらず、コミカルな音と韻を踏みまくるリリックのおかげで、ただただ音が楽しかったという感情だけが残った。その後歌詞を読みながら聴いて、日本語の意味は分かったけど全体としてつかみどころのない不思議な歌詞は、語感優先でクラムボンらしさを感じる。いつもより少し幼く歌っているAZKiの「(次!)」というセリフは不意打ちすぎて口角が上がってしまった。

Operation Z

新しい要素と古い要素が混在していて情報過多な曲。ファミコンの8bitを思わせるピコピコ音のメロディに「鉄板の上毎日焼かれて嫌になっちゃうよ」と往年の名曲の歌詞でレトロな空気を醸し出しつつ、タイムパフォーマンス、コストパフォーマンス、Payなど最近の言葉も織り交ぜてくる。時間のない現代人のような世話しない歌詞を、AZKiの小悪魔的な歌声で歌い上げるアンバランスさなのに、不思議と調和が取れている。

Chaotic inner world

AZKi BLaCKを彷彿させるゴリゴリのロックで、バンド映えすること請け合い。このアルバムの楽曲の中で一番格好いいAZKiを感じられる。このままアニメのOPとして使えそうな疾走感と、歌詞に込められた葛藤と秘められた熱量と、主人公のようなAZKiの鋭利な歌声には戦慄必至だ。

明けない夜があったなら

「明けない夜はない」という使い古されたフレーズとは真逆の曲名な上、「私は煌めく星になれなくて良い」と繰り返す歌詞に、一見後ろ向きな陰影を感じるが、小気味よいドラムの音のおかげか悲壮感は感じない。むしろ希望的で刹那的で楽観的で、今夜を生きるための歌と言い切ってしまうのは、ある種の爽快感すら感じる。明日に行きたくない眠れない夜に寄り添ってくれそうな曲だ。

エトランゼ

壮大なメロディに乗せたAZKiの優しい歌声は、エトランゼ(異邦人)へ向けた応援歌のよう。近くて遠い存在への愛情と慈愛は、解釈が別れるだろうが、私には画面を隔てたVtuberとファンを連想させた。「今日もがんばってたんだね」はどちらから発せられた言葉とも解釈できる。Vtuberとファンがお互いを「がんばってえらい」と褒め合っている姿を思い出して、少し和んだ。

午後8時のコーラスソング

コーラスソングというだけだって、ライブ会場で「la-li-lat-tas-sta-li-la」のコーラス部分をAZKiと開拓者のみんなで歌ったら楽しそうな曲。歌詞も一緒に歌おう、と誘ってくるようで、AZKiに歌の楽しさを説かれているかのように思えてくる。今は歌詞の中の「君」を開拓者に当てはめて解釈したが、AZKiの仲間を当てはめて二人で歌ってる姿を想像するのも面白い。

夜の輪郭

夜の冷たさを表現したような清廉なメロディに、今にも消えてしまいそうなAZKiのハスキーな歌声が合わさり、曲の物語性を深く味わわせてくれる。悲しさと優しさに満ちた歌詞は、胸が締め付けられるようで、今こうして平穏の中でこの曲を聴くことに罪悪感を覚えるほどだ。ここまで鮮烈に歌詞世界に引き込んでくるAZKiの表現力は末恐ろしいとさえ感じる。

map in the cup

前曲から一転して、ほぅっと息が漏れるほど肩の力が抜ける暖かく心地よい曲。朝昼晩の時間の流れと、その中でゆったりと流れる日常を鮮やかに描きだす、やなぎなぎの曲作りは流石の一言。それを歌うAZKiのエモーショナルな歌声は、私達の生きる日常の景色を輝かせてくれる。そしてこのアルバムの曲順は、曲を聴いて抱く感情の緩急が激しくジェットコースターのようで最高だ。

いのち(2024.Ver)

AZKiの代表曲とも言える「いのち」は、Vtuberの死生観を歌った曲だ。その歌詞はVtuberにとって汎用的な歌詞であったからこそ、多くのVtuberにカバーされてきた。「いのち(2024.Ver)」は「AZKiのいのち」のように感じた。「青が染み出す」や「見た目と中身の境界線」などは、「いのち」と同じく瀬名航が作詞作曲した「青い夢」や「画面の中の君が好き」を連想させる。「生き急いだあの日」は2ヶ月に1度ソロライブをしていたトライアンドエラーの日々のことか。

「いのち」のテーマに「ポジティブな共依存」がある、とライナーノーツに書かれていた。歌詞が「君が忘れちゃったら私は居なくなるの」から「君が忘れちゃっても私は死なないから」へ変わったことは、そんな共依存からAZKiと開拓者がお互い少しだけ自立できた、ということなのかもしれない。それはきっと成長と呼ぶべきもので、喜ばしい事なのだけれど、なぜか少しだけ泣けた。そうだ、この気持ちに名前を付けるならーー。


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