第十三話_落ち着かない_連載_中の上に安住する田中

第十三話 落ち着かない 連載 中の上に安住する田中

 夜の京都は落ち着かない。どこか近代的な都会になりきれていない町並みが、妙に複雑で繊細な情感を漂わせている。それもとも、なんて言えば良いのだろうか……。とにかくやけに神妙な町であることは間違いない。

 関西空港で奈良方面の美久さんたちと別れた。
 一人になった僕はJRの電光掲示板を見てはるかの遅延を知った。鉄道好きの旧友が話していたのを思い出しただけで、詳しくは知らないが、はるかはイレギュラーな路線を走っているらしく、普段からも区間により低速で走っている上に、他の列車よりも遅延が発生しやすいらしい。
 大きな荷物を運ぶ観光客とは違って、身軽な僕には、最早はるかに執着する理由はなかった。予約していた切符を払い戻して、在来の快速を買って、差分は頂戴した。人より多少機転が利くと、何かと便利である。

 列車はあくびやため息をついている間に、山をくぐって、鉄道マニアがサントリーなんとかって呼ぶあたりも過ぎて、とうとう桂川の陸橋を渡って京都の町に入ってしまった。しかしその間、向かいに座る子連れの女性は車窓を眺める暇もなく働いていた。隣のサラリーマン風のおっさんは、その子供にイラついているようだ。
 三十代前後の女性は、まだ幼い娘がぐずるのをあやし鎮めようとしていた。大阪からずっと働きづめるお母さんの前で、車窓を眺めていると、際限なく申し訳なさを感じた。ここに誰も座っていなければ、おそらくこの子がこんなにぐずることはなかっただろう。娘はえらく人見知りというか、他人や人ごみに慣れていないらしく、心理学の専門家ではない僕でも、僕の存在がこの子の精神を不安定にさせていることは分かった。
 この子連れがどこから乗ってきたか、正確には記憶していないが、吹田より前だったことは覚えている。この子がぐずってるから、人よりちょっと親切で気弱な僕は席を立とうと思っていたが、吹田を過ぎたあたりから客車内が混んできて、とうとう隣におっさんが座ってきたが最後、完全にタイミングを見失った。

 席を立ってもまた他の誰かが座るだけだから、と自分を許すことにした。席を変わるのが若い女性やご高齢のおばあさんなどならまだ良かったかもしれないが、周囲にいたのは僕よりよっぽど強面だったり、オタクっぽかったりする男性ばかりだった。席をゆずるのも不自然だし、第一この子がさらに驚いてしまうかもしれない。
 この事実が、ほぼ免罪符のような役割を果たして、不憫なことにも、この母親は京都駅に着くその時まで、休みなく子供をあやし続けた。かわいそうだ、かわいそうだ、と思い続けていたが、ふと桂川を過ぎたあたりから憐みが薄れてきて、むしろ暖かい愛情が感じられるようだった。
 落ち着かない、夜の京都は。大きな都市ではありながら、どこか近代から取り残された様子の市内に、曇天から微かに漏れる月明かりが降りかかる。今夜、町はどこまでも深く沈んでゆくようだった。

 続く

第十四話 なんでもない

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連載 中の上に安住する田中 ——超現実主義的な連載ショートショート——

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佐久間大進(さくまだいしん)Daishin Sakuma
お読みいただきありがとうございます。京都市立芸術大学の修士課程に在学しデザインや写真の研究・制作をしながら、写真論や写真史の研究をしています。制作や研究をサポートしていただけると幸いです。