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第十話 幽体的浮遊の始まり 連載 中の上に安住する田中
あの絵が何の前触れもなく、ふと手に取った機内誌の見開きから出現したのには度肝を抜かれた。昨日夢に出てきたあの絵画。私の元彼女モデルに描いたとしか思えない女性の肖像画だ。
両隣をよく知らない女性同僚たちに囲まれ、此れと言ってやることのない私は、せっかくだからこの記事を軽く読むことにした。私は右隣の美人同僚に肩を当てないように注意しながら、ページを記事の最初まで戻した。
四ページほどの記事は機内誌としては少し長いかもしれないが、一般的にはごく短い部類に入るだろう。ただこの手の筆者は自分の世界に入り込むきらいがあるし、機内誌は総じていつまでも確信をつかない……要するに何を言いたいのかよくわからない記事が多い。この筆者もしかり、スペイン旅行について、ああでも無いこうでも無い、とよくわからない蘊蓄をこねくり回しているうちに、ついにはパブロ・ピカソの絵画にも言及あそばせていた。
正夢とはこういうことであるのか、と感心していると、ついさっきコンソメスープを配っていたキャビンアテンダントがコップを回収しにきた。東京、大阪間のフライトが短いことは周知の事実だが、それ以上に航空会社の「ドリンクサービス」はむしろ彼らのケチを露見させることに役立っている観がある。暑いとはいっても、四口くらいで飲み干せるくらいの極小カップでサーブされると、あっという間に冷めてしまう。味だけは微妙に美味しいのがより鼻につく。
私がブランケットから腕を引き出し、カラになったコップに伸ばそうとした瞬間、隣の美人同僚が私のコップをテーブルから取り上げて彼女のカップと重ねてキャビンアテンダントに渡してしまった。私は会釈したのだが、彼女に見えていたかはわからない。多分みていないだろう。
機内誌を読み続ける間も、彼女が私の会釈に気がついたかという些細な疑念が私の頭に複雑な残響を残していた。こんな時私は自分を客観視して、なんて阿呆な男なんだろう、と思ったりするが、もしかしたら男はみんなそうなのかもしれない、と思って、平均的であることに安心してみたりもする。
「シートベルトを着用してください」
人を小馬鹿にするような口調でキャビンアテンダントが着陸態勢をアナウンスした。太ももの下に挟まったシートベルトを取り出すために腰を上げた時、昨日彼女がランダムに放り投げた物が当たってできた痕が痛んだ。
「ごめんなさい」
私のシートベルトは部分的に隣の美人同僚の太ももにも踏まれていたようで、それに気がついた彼女はそう言ってシートベルトを差し出した。私は流れるような滑らかさでベルトを受け取ってリクライニングを戻し、着陸に備えた。
続く
連載 中の上に安住する田中 ——超現実主義的な連載ショートショート——
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