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第十一話 治癒 連載 中の上に安住する田中

 浮遊感は治まった。彼女が見ていてくれたおかげだろう。

 相手の御偉いさんは酒豪だった。そいつに乗せられて——もとより飛行機が嫌いな私はすでに船酔いしていたというのに——私たちのいたテーブルでは一升瓶が四、五本も空いた。無論私は泥酔状態に陥ったのだが、人より少しだけ酒に強く、人より少しだけ見栄っ張りな私は、接待中酔っていないフリを貫き通し、店の外までお偉いさんを見送ることに成功した。だがまだ気は抜けない。普段隣の席に座る中川さんが「みくちゃん」と呼ぶ美人同僚が隣にいるからだ。
 普段、私のデスクとみくちゃんのデスクは比較的離れていて話したことは、私が思い出せる限り無かった。どんな風の吹き回しだろうか。なぜ私は彼女の尻拭いを頼まれたのだろうか。もしかしたら最近の悪態が目に余って、集団でいじめを受けているのかもしれない。否、もう「いじめ」なんていう歳じゃないだろう。ただ、事実として嫌な仕事を当てつけられているのはほとんど確かである。そして私に対する会社内の評価が緩やかな下降を見ていることは誰の目にも、文字通り今日入ったばかりの新人君にも明らかだった。
 むしろ相手の御偉いさんが行ってから緊張感が増した気がする。料亭の前は人気がなく、得体の知れない後ろめたさのせいで背後を振り向くこともできない。重たい料亭を背負って左頬に感じる人肌の温かみは右頬に光るろうそくと対極をなしていた。ここは彼女と僕だけの空間なんだとさえ思えてきた。
 私の力が抜けた時、それは不思議と心地よかった。崩れる体をなるがままに崩した。少なくとも最初は意図と意思の範疇を超える過失であった。だが途中からは作為的であったのかもしれない。その心地よさは私の正義感をダメにした。恥じらいなんて全く感じなかった。その時は。

 隣のベッドでみくちゃんが寝ている。
 喉が渇いている。
 二つのベッド間には小さなテーブルがある。
 水が置いてある。
 少しグラスの縁が濁っている。
「まあいいや」
 と私はグラスに手を伸ばした。
「起きましたか?」
 その時、私の手はグラスにたどり着いてなかった。
「まだ四時前ですよ、先輩」
 彼女は語尾を上げた。
 私は持ち上がった左手を振り下ろすと共にベッドから起き上がって冷蔵庫探しの旅に出た。
 身の潔白を示すにはそれ以外なかった。

 続く

第十二話 たそがれて

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連載 中の上に安住する田中 ——超現実主義的な連載ショートショート——

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佐久間大進(さくまだいしん)Daishin Sakuma
お読みいただきありがとうございます。京都市立芸術大学の修士課程に在学しデザインや写真の研究・制作をしながら、写真論や写真史の研究をしています。制作や研究をサポートしていただけると幸いです。