第十二話 たそがれて 連載 中の上に安住する田中
帰りの飛行機の中、行きと機内誌の内容は変わってないだろうし、特段やることもない僕は、勢いよく過ぎ去ったこの二日間のことをゆるやかに思い返していた。
いままで、ほとんど接点のなかった美久さんらとの出張は、信じられないくらいのスピード感とともに終わりを迎えてしまった。知らないうちに僕の心は、柄にもなく特別な何かを期待していたようだった。しかし、その、焦る心とは裏腹に、二泊三日の間、特筆すべきことは何も起こらなかった。
だがちょっと待ってほしい。朝○新聞ならここでそう切り返すだろう。
だがちょっと待ってほしい。僕は普通だったはずだ。普通の出張が普通に過ぎ去って、それをジメジメと、恨めしさにも似た奇妙な不快感と共に思い返す僕ではない。
オールラウンドに標準偏差の中央より少し上に位置することは決して容易いことではない。普通であることは、それ自体で誇りを持つべきことであり、それ以上に何か特別な出来事を期待するなど、夢見がちな少女みたいで、それは、かえって恥ずべきことである。
少なくとも恥ずべきことであったはずだった。それでも、この落ち着かない感じは治らない。
昨日ホテルの予約を間違えてみくちゃんと一緒の部屋に泊まったからだろうか。それともまだ昨晩の酔いが残っているから? 最近の奇妙な白昼夢や夢に出てくる、怖いまでにビビッドな精神異常者の落書きのせいだろうか。はたまた会社から首を切られる寸前だからかもしれないし、最近買ったレコードか、もしかしたら彼女と別れたのが原因かもしれない。
飛行機は関西空港のグライドスロープに沿って滑走路へ進入している。人よりちょっと飛行機に詳しい僕は窓から見える景色や、体に感じる加速度からそう判断した。窓からは、見当違いな角度ではあるものの夕暮れ時の空模様がのぞかれる。乗客は、どうしても北と南しか見えないが、それでも綺麗な夕焼けであることは想像できた。緑がかったシアンとマジェンタのコントラストが眩しいほど美しかった。美久さんに一言断って窓を閉めよう。
「美久さん?」
呼びかけても返事がなかった。狭い機内だから近ければ近いほどその人のことがよく見えない。僕は体をひねって美久さんが寝ていることを確認した。僕はブラインドを下ろしきり間も無く気がついた。
それは美久さんが隣で寝ているからだ、と。
同時に自分がやけに幼稚な男に思えた。
続く
連載 中の上に安住する田中 ——超現実主義的な連載ショートショート——